第6話 彼女
車は公園に隣接する駐車場に停まった。
彼女達は車を降りた。
突然降りだした豪雨を気にも止めず、彼女は公園へと歩いていった。
それを“彼女”も追いかけた。
十年経っても公園の景色は変わらなかった。
しかし、あの時と同じ様に人影は無かった。
雨は降りだしたばかりだというのに、足早に避難したのだろうか。
それとも、焼きつける太陽の陽射しを遮るものの無い公園に誰も近づかなかったのだろうか。
どちらにしろ、あの時と同じ様に雨音と雷鳴以外に聞こえる音はなかった。
彼女は真っ直ぐ公園を通り抜けていく。
“彼女”もそれについていく。
もう引っ張りあうことも、躊躇いも無かった。
二人の足が突き動かされる様に進む。
池に着いた。
壊されていた柵はもちろん直されていて、あの事があった為に注意を呼び掛ける看板も立っていた。
彼女はそこで立ち止まって、振り返った。
“彼女”と目があった。
彼女は濡れた髪をかきあげながらにっこりと笑った。
“彼女”は笑いはしなかった。
視界を遮る程の豪雨の中、貴史は公園に辿り着いた。
十年前にれいちゃんが足を滑らしてしまい池に落ちてそのまま溺れて死んでしまった池のある公園だ。
貴史は死んだのがれいちゃんだと聞いた時、ほんの一瞬ほっとした。
ゆうちゃんじゃないのか、と。
だが次の瞬間、自分のその最低な考えに吐き気がした。
それから、この公園には近づくのが怖かった。
大量に降る雨の中、微かに人影が見えた。
駐車場から公園を真っ直ぐと抜けていく。
貴史は慌ててその人影を追いかけた。
狭い場所だったはずの公園が、激しい雨に先が見えず広い空間の様に思えた。
傘も持たずに来たのでずぶ濡れになった身体が重く感じた。
土が濡れ、一歩一歩、沼に入るようにズブッと音を立てる。
不意に辺りが光った。
雷鳴が轟く。
間を開けず次々と雷鳴が轟く。
その雷鳴に紛れて、ドボン、という音が聞こえた。
貴史は息を飲んだ。
心臓が止まりそうだった。
何かが池に落ちた音だ。
足が動かなかった。
動かせなかった。
やがて、池の方から人影がこちらに向かって歩いてきた。
「ゆ、優子、なのか?」
喘ぐように息を吐いて、絞り出すように貴史は言葉を口にした。
“彼女”は雨に濡れた茶色の髪をかきあげて、にっこりと笑った。
ずぶ濡れの白いワンピース姿だった。
吠える雷雨に獣は沈む 清泪(せいな) @seina35
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