ドタドタキャン

 はてさて困った。ここ一週間殆どサークルの練習があり、金曜の今日も明日も明後日も、練習がある。実際の所、今日の食事は僕にとって相当な生きがいであり、膨らみきった古タイヤの延命処置でもあった。

 長い間使われたタイヤは溝が磨り減っている。タイヤはなぜだかぶくぶくと膨らみきっているので、今にも破裂してしまいそうだった。中身の入りすぎなら、空気を少し抜いてしまえばいい。だから空気を抜くつもりだった。

 だけどそれもお預けだ。膨張しきって磨り減ったタイヤで、暗闇を走り続けなければならない。ヘッドライトの光は目の前すら照らしてくれない。


 サークルは休もう。僕はそう決めた。グループチャットに体調不良で休む旨を連絡する。嘘はついてない。心が疲れてるんだ。心がしんどいんだ。心が辛いんだ。立派な体調不良じゃあないか。

 ドタキャンされたのでドタキャンする。ドタドタキャンだ。何を言ってるんだ僕は。

 さて、現在の時間は1時、ヒトサンマルマルだ。半日の予定がまるっきり空いてしまった。この時間をフイにするのは惜しい。誰か誘おうか。まずは中学の同期。こいつには色々とお姉さんとのことを相談していた。19時まで授業との返信。落胆。次は大学の先輩。と言っても最寄り駅が同じで僕が中学三年の時から良くしてもらっている人に連絡を入れる。金曜は全休と言っていたから地元にいる筈だ。

 どうやら先輩は用事があって渋谷に来ていたらしい。宮益坂のマックで落ち合うことになった。マックの中はサラリーマン、カップル、高校生で溢れていて、とても活気があった。僕はその中に一人、ポツリと二人がけの席に座っている。ホットコーヒーだけ頼んだ。

 先輩が来た。コーヒーとポテトのMサイズを頼んだらしい。

「お疲れっす。いやね、食事ドタキャンされちゃいまして。暇だったんでね」「先輩を呼び出すなよ」

「うるさいですね」と軽口を叩けるほど気楽な雰囲気が流れる。喧騒の中にひとつ、壁が出来たかのように気の抜ける空間が出来上がった。

 先輩のゼミの愚痴や、自分のサークルの愚痴、それから春のドライブはどこに行こうか。なんて他愛のない話をした。

 二時間ほど話していただろうか。そろそろ行かねば中学の同期との約束に遅れてしまう。

 事故の多い私鉄に乗った。車内でイチャつくカップルが僕の目をチクチクと突き刺す。果たして人前で腰に手を回すほど密着し合って恥ずかしくないのだろうか。それとも、"好き"という感情は恥を覆い隠してしまうほど強力なものなのだろうか。暗澹たる気分で無益な思考を巡らせた。

 電車は事故なく無事、僕の最寄り駅に到着した。駅から出る。わざわざ少し遠回りして、お気に入りの喫煙所に立ち寄る。家の反対側の駅前にあるここは、隣の商店のおばちゃんが好意で置いてくれている灰皿だ。駅のターミナルを一望できるここは、道行く人や通り過ぎる車を眺めながら感傷に浸るのにピッタリな場所だった。また、春が来れば桜が咲く。街灯の光に照らされる一本の桜を見ながら一人煙草を飲むということほど乙なものは無い。そう僕は確信していた。

 あれ、一人が一番乙な筈なのに、なんでこんなにお姉さんが恋しいのだろうか。

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