まま成らぬままに
あ
ドタキャン
某大学のタワー18階に僕はいた。何故って、用を足すためだ。ここは滅多に人が来ないから、落ち着いて用を足せる。僕のお気に入りのトイレだった。
用を足した。手を洗った。そりゃあもう石鹸をつけて念入りに。何故って?知らないなら別に知らなくていい。
12月も末になってもまだ、蛇口からは顔が歪む程冷たい水が吐き出されていた。冷水に曝された手は真っ赤になっている。
僕の大嫌いな内開きのドアの取っ手の一番下をつまみ 、トイレから出る。何故トイレのドアを内開きにしたのだろうか。実に不満である。
トイレから出るとすぐ、6月末日にて閉鎖されてしまった喫煙所がある。引き戸は固く閉ざされていて、ガラス越しに中を覗くと、黄ばんだ壁紙が寂しそうに覗き返してくる。
「そこに行ってやりたいのは山々なんだけどな」
東京都知事の忌々しい顔を思い起こし、苦笑いしながら呟いた。これが"レガシー"なんだってよ。
スマホを開く。LINEの通知が一件。心が踊る。そう、今日はお姉さんとの食事の日。初めてサイゼリヤ以外のイタリアンを食レポサイトで探し、初めて飲食店に電話で予約を入れた。
探し出したイタリアンは、目星をつけていた4軒の内、一番"無い"と思っていたところ。小洒落た店内、少し高めの料理、そして、食レポサイトに書かれている「ドレスコード:なし」の文字。小心者の僕が二の足を踏むのは当然の店だった。だけど他三軒は既に席が埋まっていて、そこにせざるを得なかった。全部クリスマスの所為だ。僕も"覚悟"を決めていた。
この通知は恐らく食事についての連絡だろう。初めはそう思った。しかし、同時に違う考えも湧き上がってくる。
前もってお姉さんには食事についての細かな情報は共有している筈だ。食事についての連絡が来ることはない。かと言って、お姉さんは用もないのに連絡を入れるような人ではなかった。少なくとも僕には。
嫌な予感が駆け巡った。よく良く考えれば、今日一日朝からツイていない。寝坊はするし、電車は逃すし、頭に鳥の糞が直撃するし。鳥糞なんて人生2回目だ。畜生め。
LINEの通知をタップする。
あぁ。案の定。
簡潔にいえば『体調を崩したので今回は行けない。年明けに延期して貰えないか』というLINEだった。直後、意味深長なインスタグラムのストーリーが僕の脳裏によぎる。
それは、僕の同級生にして、お姉さんの友人である「彼」による投稿だった。詳細は控えるが、下衆の勘繰りをするのには充分だった、ということだけは言っておこう。まあ、殆ど言いがかりに近い勘繰りではあるが。
誰もいない18階で店にキャンセルの電話を入れる。キャンセル料はかからなかった。電話に出た女性店員の声は心做しか冷たかった。季節の所為だろうか。
エレベーターに乗る。1のボタンを押す。エレベーターは落ちていく。乗ってる僕も、落ちていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます