第10話


 腹立つ。


「なんでよ!」


 腹立つ。


「なんでよ!!」


 腹が立つ。

 今宮くんとひと悶着あった場所から少し離れた公園まで真奈美に連れてこられた私は、そのままベンチに無理やり押し込まれた。


 ジュースを買いに行った彼女に置いていかれて、いまの私は一人ぼっち。

 だから余計に思い出して腹が立つ。今宮くんともう一人の言葉も、ナンパしてきた男たちの発言も、なにより周りの人たちの視線も。


「大切にするやん! 大事なもんは大切にするやんか! それを、まあ、ちょっと大げさかもしれんけど口に出すのの何が悪いねん!!」


「ポーッ」


 大声に驚いて、公園の鳩が羽を舞い散らす。叫んでハッとしたけど、幸い周囲に人は居らんかった。

 ああ、もう!!


「腹立ッ」


「つのは分かったから少し静かにしたら」


「~~……ッ! ……、真奈美は」


 音を殺して隣に座る幼馴染のアホに、ガンを飛ばしてもそもそもこっちを見てもおらん。なんでここに居んねんこいつ。


「そりゃ祐介と尾行してたから。あと真奈美とは自販機でチェンジした」


「心読むな、ボケ」


「読ますな、アホ」


 憎たらしい顔を見てもうたらこれ以上叫ぶわけにもいかず、ただ黙っての時間が経過していく。

 ……。……。……。

 ……。……。

 ……。

 いや、しゃべれや……。ほんまにこいつ何も話し出さんやんけ、ええ……、なにしにここ来たんよ……。


「ジュースは」


「は? どうして僕がお前に奢るのさ」


「チェンジした言うたよなァ!?」


 なんやねんこいつはもぉ!!


「……で? どうせさっきのも聞いとったんやろ」


「うん。頭おかしいのかと思った」


「そら申し訳ございませんでしたー!」


「でも仕方ないよね。蘭はあの王子様な行動が好きなんだから」


 は?


「は?」


「心の中と出した声が完全に一致してる」


「うるさい、ボケ! え、いや、え? いま、自分何言うた」


「老化かぁ」


「茶化すな!」


 綺麗な顔で死んだ目をしとる幼馴染の顔には面倒くさいとしっかり太ゴシックで書かれとる。それでも逃げずに横顔を見つめ続ければ、向こうがやがて音を上げる。こいつは昔からそうや。


「あれだけ色々叫んでてむしろ好きじゃなかったら怖いよね」


「いや、それは腹が立っただけで。せやかていつも私困っとる言うてたやんか」


「蘭ってさ」


「うん」


「昔から馬鹿だろ?」


 殺したろうかな、こいつ。


「好き嫌いはっきりしている馬鹿なお前がさ。いくらおばちゃん達の言うことだからってずっと聞き続けてたんだよ」


 だから、

 とやっとこっちを向いた彼の瞳はやっぱり死んだままやった。


「好きなんだよ。蘭が気付いていないだけで、あの状態の自分を蘭はさ」


「そんな……」


「あるある。困る困る言うててそれでいて楽しそうやったし。あと、あれだよね」


「な、なに!?」


 まだ何かあるんか。


「好きな男性居らん言うてたけど、蘭の好みのタイプって、蘭なんだよ、きっと」


「……おん?」


「おばちゃん達の理想の王子様像を聞き続けてきたわけだから、まあ、しょうがないよね。蘭の好みは蘭みたいな人なんだよ」


「え、いや、あの、それって……」


「ナルシスト乙」


「うそやろぉぉ!?」


 何が問題って。

 小虎の言葉を全部しっかり否定できへん自分が居ること。


 言われてみて、確かになぁ。と納得している自分がここに居ること。


 いや、まて。待って?

 ていうことは何や。私はいつもつらいつらい言うておきながら、好きで女の子をナンパしとるわ。そのやり方は自分がこうされたら嬉しいなーっていう夢を前面に押し付けて、いや、待って、それは!


「現実世界を同人の世界へ」


「やんなァ!? そんな感じやんな!? え、じゃあなんで言われている子は平気なんよ! さっき今宮くんに馬鹿にされた時はみんなしっかり引いとったやん!」


「あの辺は僕には分からないかな。まあ……」


「まあ?」


「蘭の両親の執念が纏わりついているんじゃない?」


「…………」


 ほんならやっぱり呪いやんか!

 しかもばっちり周囲に影響を及ぼすタイプのごっつぅ呪いやんけ!! あかん、あかんあかんあかん! そんな呪い解けて正解やわ!?


「はい」


「うん? お前、ジュースは買うてへんって」


「中和剤」


「は?」


「蘭の呪いを打ち消した薬の中和剤」


 あんだけ飲むのに苦労した言うのに、手渡された中和剤は飲みやすいカプセル式。なんでよ。


「祐介にもらったからあげる。どうするかは好きにしたら」


 ホンマに色気がなければ友達想いもないあのアホは、用事は済んだと公園を出て行った。それも一度も振り返ることもなく。


 手のひらに乗ったままの薬を、私は。

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