第9話


「う、嘘だろ!? そんなこと、ぶはっ! そんなことで絡んで、ぎゃはは!」


「ば、馬鹿でヤンス! 真正の馬鹿でヤンス!!」


「おまっ! おま、ぎゃはは! む、無理っ、おなかいた、ひぃ、ひぃぃ!」


 近づくまでもなく聞こえていたであろう今宮の笑い声が耳に張り付いてくる。嫌でも聞こえる大声に今まで以上の野次馬が蘭たちを囲んでいるのが見て取れた。


「すいません、通ります」


「突破希望」


「おぃ、天王寺! おい! おいって!!」


 怪我をさせるわけにもいかず、身長も低い僕が人を掻き分けるのは一苦労。背の高い祐介は、背が高いだけなのでこういう時は役に立たないしね。

 僕らが苦労している間に、今宮のやつが蘭に再度絡みに行ってしまったようだ。はぁ、方向がズレた……。


「なんやのよ、今宮くん。いまこっちは忙し」


「いやいやいや、良いか? おまえは、な? ば、か、か!?」


 丁寧に一音一音はっきりと聞いてくる彼の声色は言うまでもなく蘭を馬鹿にしているものである。


「な、なにがよ!」


「いいか? ここは漫画じゃないの。そんなお前みたいな気持ち悪い王子様なんか居ないの普通に、分かる? わかんないかなぁ? 馬鹿だもんなぁ」


「なッ! 何よいきなり! そ、そりゃ私のあれよりはアレでも、その、女の子はお花やから!」


「ぷーーーっっ!! 聞いたか、おい! お花だってよ、お花!!」


「ヤ、ヤンスヤンスヤンス! 腹がよじれるでヤンス!」


 それよりも僕はあの……、ええと、今宮の横のやつの笑い方のほうが気になる。ヤンスで笑うのは無理があると思うけどな。


「現実の世界でやれ子猫ちゃんとか、やれ君の瞳に乾杯だとか、僕は死んでませんだとか言わないの。普通の人間は恥ずかしくて言わないの。あと言われたほうも恥ずかしいの、気持ち悪いの? わかるぅ? ぎゃははは!!」


「そッ! んなことない! だってみんな喜んでくれてたもん!!」


「そりゃお前の妙になんか変な空気に酔ってただけだっての! 普通は無理! なんだったらいまその辺の女に適当に声かけてみろよ」


「む、無理でヤンス! ナンパする時に子猫ちゃんとか無理でヤンス!」


「だ、ッ! だってッ! だって私はそう教えられてっ!」


「教えられたぁ? 誰によ、ママか? ママンか!」


「パパかもしれないでヤンス! もしかしたらビックダディかもしれないでヤンスね!」


「ビックダディ!! それだ、きっとそれだ!!」


「ひッ!! との親を馬鹿にごがッ!? ちょ、真奈美!?」


「良いから! 無理やって周り見てみろ、ボケ! もう行くぞ!!」


 幼馴染のありがたい忠告は受け入れるべきだと思う。

 今宮はうるさくて迷惑だけど、あいつが叫んでいる内容からだいたいのことは察したのだろう。周囲の蘭を見る目は明らかに変人を見るそれだった。


 そんな視線に晒されて、あの状態じゃない蘭が耐えられるわけもなく。真奈美に連行されるように彼女は逃げていく。


「追跡」


 二人の後を祐介が追いかけていく。

 すぐ追いかけても良かったのだが、せっかくここまで来たわけなので。


「なあ」


「あ? お前、天王寺の腰ぎんちゃくのお姫様……」


「面貸せよ」


 挨拶だけはしておくことにしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る