第6話
「恋がしたい!」
テーブルを打ち鳴らし宣言した彼女の声は、ファミレス内の雑音の一つとして吸収されて消えていく。
鼻息の荒い彼女には悪いが、面倒くさいので放置し、
「そらまた、いきなりやの」
……、お節介な幼馴染が話に乗ってしまったためやむなく読んでいた本をかばんへと直す羽目になってしまった。
「そりゃせっっっっっかく格好付けの呪いが解けて晴れて普通の女の子になったんやもん! 恋がしたいと思うんはこれ普通や普通!」
「分からんでもないがな」
「勿論恋だけやなくて、真奈美と買い物行ったり、祐介とゲーセン行ったり、みんなでどっか遊びにも行こうな! ああ、もう何して遊ぼうか!」
「避球」
「ああ、ドッジボールもええな。って小学生かーーいッ!」
「この馬鹿テンションを止めてくれ」
「色んなもん溜まっとったんやろうし、少しは大目に見たろうや」
「なんよぉ、小虎ァ! 幼馴染がようやく解放された記念なんよぉ? もうちょっとにこぉしぃや、にこって!」
運び込まれた保健室で目を覚ました彼女が、自身の変化に気付いてからずっとこの調子だった。嫌味の一つ、二つ三つを零そうがお構いなしに始終笑顔でテンションがマックス状態な幼馴染の相手などまったくもってまっぴらごめんである。
「それにしても……、映像で見てたから知ってはおったけど、なかなかこの蘭は見慣れへんもんがあるな」
「嫌か」
「嫌、ではあらへんよ。ただ慣れへんってだけ。あんだけ生き生きしよったらなんとかしよぉ思うて良かったと心底思うしな」
仕事を放棄している祐介の表情筋に活を入れている蘭は、確かに楽しそうだった。僕の部屋で二人っきりの時、彼女は確かに格好付けてはいなかったが、話す内容は常に愚痴か後悔だけである。
あの状態の蘭が楽しそうに笑っていることが奇跡だ。
それは分かるけども。
「ああ、もう。ほら、蘭! 祐介のほっぺたがちぎれてまうやろ! もうええ加減にしたれ!」
「いやもう意外に驚きの柔らかさを誇るこのほっぺの魅力はまじヤバ」
「なに、アホなこと言、ほんまや……」
「救援」
僕へと手を伸ばす幼馴染兼親友が女子二人に埋もれていく。可哀想だがあそこから助ける術を僕は持っていないわけではないが今はそれどころではない。
なによりも、本の続きが気になるのだから。
※※※
「ナン、ッ、パ、をされ、ぐっ、たい、って?」
言葉が途切れ途切れなのは、祐介が僕の脇腹をぽすぽす突き続けているから。さきほど助けなかった腹いせのため甘んじて受けいれている。
「せやねん。よぉ考えたら別に私好きな男子も居らんわけやし」
「せやったら別に無理して恋しようとせんでええんとちゃうんけ? 無理矢理やらんでもいつか勝手に思うとこ出てもくるやろ」
「えー……、せっかくやねんからデートとかしてみたいやん」
「そんならうちの男子らのどっちかで我慢しぃや」
「勘弁、ごっ、してくっれ」
「拒否」
「こいつら……」
「そもそもこの二人には期待してへんし! てか、それやったらデートやなくてただの遊びやん!」
「分からんでもないけど。……せやったらしゃーないか、次の休みにでも適当な男捕まえに」
「ちゃうって! ナンパするんやなくて、されたいの!」
「…………」
「なによその顔。そっちの二人まで」
いまの自分がどんな顔をしているのかは鏡を持ち合わせていないため分からないのだが、もしかしたら他二人と同じようなものなのかもしれない。
誰とも為しに見つめ合った瞳に浮かぶ同意見を確認し合ったのちに、僕たちは長年の付き合いから生まれる息の良さを発揮する。
「無駄に一票」
「右同」
「まぁ、待て。賭けはウチを通してからにしてもらわな」
「胴元的には」
「こんなおもろない賭けは信条に反する」
「では、お流れということで」
「異議無し」
「飲む物取ってくるわ」
「あんたら」
真奈美と祐介がさっさと逃げ出してしまったために、複数形でありながらも蘭の非難の瞳はすべて僕に注がれる。困ったものだ。
「なによ! 私がナンパされないとでも言いたいってか!!」
「いや。見た目が良いからされることはされると思う」
「おおぅ……、そ、そう? いやぁ、照れますな……。ん? じゃあなんで無駄に一票入れるのよ」
「お前が耐えられないからだよ」
首をかしげる彼女に、これもまた経験だろうかと思う僕は性格が悪いのだろうか。そんなことはないと思いたいのだけども。
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