第3話


 朝になれば渋滞が生まれ出ずる。

 この街に住む人間であれば誰もが理解している現象だ。つまりは、蘭が登校しているだけなんだけど。


「蘭王子ぃぃい!」

「きゃぁぁ! 抱いてぇえ! 蘭様! 蘭様ぁぁあ!」

「蘭様! わ、わたし、お弁当を」

「何勝手に抜け駆けしてんのよ!」

「どいてよ! 蘭様の御姿が見えないじゃない!!」


「おはよう、子猫ちゃんたち。今日もみんなとっても可愛くて食べちゃいたいくらいだよ」


「「「きゃぁああああ!」」」


 蘭が笑えばカメラのシャッターが凹んで仕事を放棄するほどに歯が煌めき、当てられた女性の多くが気絶する。

 倒れた彼女たちを運ぶために朝からフル活動させられる救急車が群れをなし、結果として引き起こされる渋滞はもはやこの街の名物と化している。

 通常であれば苦情が出て当然なこの現象。勿論幾人ものチャレンジャーが蘭の家に赴いてはその毒牙にやられ骨抜きとなって帰っていった。


「今日も絶好調やね、王子は」


「居たのか」


 見飽きた現象を眺めていれば、これまた見飽きた顔がやって来た。

 遠慮もなしに距離を詰めてくる彼女は、腕を搦めて耳を舐めるように声を出す。


「壁に耳あり障子に目あり至るところにあたしあり、そりゃ居りますわな。おはようさん」


「おはよう、真奈美。お前にしちゃ遅い登校だな」


 桜ノ宮真奈美さくらのみやまなみ

 彼女は僕と蘭の幼馴染。ちなみに僕たちの幼馴染はあと一人居るけれど、僕と蘭が生まれたときからの知り合いであるのに比べると、他二人とは幼稚園からの知り合いであり多少の誤差がある。とはいえ、そんな小さい頃の記憶があるわけでもないので、それがどうしたという話ではあるけれど。


「うん? いやー、それが聞いてや」


 ――始まりと終わりを告げる鐘バースディズベル

 お金大好き賭博屋。どこから仕入れるかいまだに不明な奇妙奇天烈な情報源からもたらす致死量の情報で、人の迷惑関係なしにお祭り騒ぎを引き起こすトリガーハッピーな迷惑女こと彼女をこの街で有名にさらしめたのはもう一つの要因があった。


「用意してたブラの金具がパーンしてもうてな。急いで直してたらこの時間やでホンマ」


 でかいのだ。

 何がは詳しくは言うまい。


「ああ、そうそう」


「どけ、邪魔じゃゴラぁ!!」


「今日も来るらしいで」


「いつもながら少し言うのが遅い」


 楽しそうに人の腕に当て続けながら笑う彼女は放っておくとして、蘭が起こすものとは別種の悲鳴が巻き起こりながら人の波が引いていく。


 そして現れたのは、でかマッチョなブタとゴリラの合わせ技。今時珍しいほど分かり易いガキ大将が大きくなった青年という言葉の使用がもったいない男性であった。


「天王寺ィ! 今日という今日は、俺様の彼女を奪いやがったこと後悔させてやらァ!!」


「カッコ良いでヤンス、ひゅーひゅー兄貴ぃ!!」


 紹介するのも面倒臭いが、彼の名前は今宮源三郎いまみやげんざぶろう

 蘭に彼女を取られたことを根に持ち、普段からちょっかいをかけてくる馬、筋肉自慢だ。

 ちなみに、彼に彼女が居たことはなく、事実としては彼が片想いをしている女性が蘭に惚れてしまっただけでありこれは皆知っていることではあるのだが、可哀そうすぎるので皆知らない振りをしてあげている。

 隣でなんか言っているキツネ顔の小男の名は……、忘れた。


野田騎士のだないとでヤンスよ!!」


 自己紹介ありがとうございます。

 今宮を怖がる女性たちが即席人間リングを創造していくなかで、蘭が彼らと対峙する。


「やあ、今宮くんと……、今宮くんじゃないか」


「野田でヤンスぅぅうう!!」


「天王寺ぃ! 今日がてめえ最後の日じゃ!」


「あんなこと言っとるけど、助けんでええん、殺戮姫」


「誰が姫だ」


「はんッ! そこの男女は黙っとけや!! 何が殺戮じゃヘソで茶沸かすわボケぇ!」


 真奈美の奴が聞こえるようにわざと話を振ってきたせいで馬鹿が釣れてしまった。……勘弁してほしい。


「知っとんねんぞ? お前の噂が全部嘘で、本当のお前は天王寺が居らな何も出来へんただの弱虫ってことぉぉおおお!?」


 言葉の途中で宙に舞う。

 でかマッチョな肉体は伊達ではなく、筋肉にまみれた彼の体重は百キロ近い。そんなものを投げ飛ばすことが出来るのは、


「不意打ち失礼するよ。だが、私の幼馴染への悪口は……、聞き捨てならないものでね」


 乱れてしまった制服を整え、髪をかき上げる姿に周囲の女性たちが次々に気絶していく。まるで倒されたドミノのように倒れる女性が広がっていくその中心で、どこからともなく降り注ぐ光を浴びた蘭が輝いていた。


「あ、兄貴ぃぃぃ!」


「ご、っ! が……っ!」


「お、覚えてろでヤンス! 兄貴、肩を使ってくだせ、ぐぉ重ぇえええ!!」


「くそ、天王寺! 次は負け、」


「待ちたまえ」


 ええと……、……、子分に手伝ってもらいながら逃げ出す今宮の前に立ちふさがった蘭が取り出したのは、絆創膏。


「貼ると良い。また今度戦おうじゃないか、強者ともよ」


「天王寺……」


 ブタなゴリラが雌の顔になった気がする。

 ちゃっかりと蘭が何技で勝つかの賭けを行っていた真奈美が儲けを出すなかで、怪我人一名。気絶者五十八名という成果で本日の蘭の登校は終わりを告げた。

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