128.重大な過失


 ほんの一瞬の間の出来事だった。のが見えたかと思うと、視界は真っ暗になった。


「よっしゃああああっ! クソセクトを仕留めたああああっ!」


「またしても作戦勝ちだねっ、ルベック!」


「おう、ラキル! でもまだとどめは刺してねえし、これからじっくり生きたまま解剖――」


「――だって……?」


「「……へ?」」


 ルベックとラキルの勝ち誇った顔が見る見る曇っていく。


 俺は無傷だった。そりゃそうだろう。地中のオランドと《反転》で入れ替わってたんだからな。その効果が切れて俺が地上に戻り、今や髪と耳だけでなく手足もないオランドが土の中に戻ったってわけだ。さすがに可哀想なので顔くらいは地上に出してやろうか。


「……ごほっ、ごほぉっ……。あ、あ、ありがとぅ。シェクト……だいしゅき……はぁ、はぁ……」


「……」


 オランド、喜んでるな。相変わらず寒気がするほど気持ち悪いけど、ここまでしぶといと賞賛に値する。手足以前にもうとっくに死んでてもおかしくないっていうのに……。


「クソ……いや、セクト……参ったよ――」


「僕も――」


「――おっと……」


「「くっ……!」」


 そう言いつつ二人ともどうせ攻撃してくるだろうと思って《ワープ》で回避したら、やっぱり予想が的中した。


 本当に油断のならないやつらだが、そういう風に思っていたからこそ、咄嗟に機転が利いて俺はあのとき《反転》という手段を選べたんだと思う。《人形化》とかだと動けないし、視点が限定されてしまうから、もっと慌ててしまった可能性がある。そうなるとミスがミスを産んで連鎖反応を起こし、重大な失敗につながったかもしれない。


「――ぐはっ! セッ、セクト、俺が悪かった、だから許し……ぐほっ!?」


「うごっ! セクト、ぼ、僕が悪かった……ぬがっ!?」


 最早聞く耳は一切持たない。ひたすら淡々と瞬間移動しながら畜生どもを甚振るだけだ。


「か、カチュアぁ――」


「――ひいぃっ、意識回復しないでくださいぃぃ! てかさっさとくたばれってんだよおぉっ!」


「ぶぎっ!?」


「……ククッ……おでは……自由、なのだ……」


「……」


 俺の視界にはが見世物のように並んでおり、最早それを他人事のように眺めるだけの作業になってきた。


 一方的に俺の《ハンドクラブ》で殴られるルベックとラキル、不細工になったカチュアに再び迫るもやはり足蹴にされるグレス、弱り切った顔で満月を見上げるオランド……。


 だが、はこれからだ。決して楽に死なせはしない。


「「――ぶはっ!?」」


 芝居でなく、本当に気絶していた様子のルベックとラキルが、《恵みの手》と《エアクラップ》の乱れうちで目覚める。


「どうした、赤い稲妻、クールデビル。もうかかってこないのか?」


「……うぅ。ゆ、許してくれ……頼む……」


「……僕たちが悪かった……」


「そうかそうか。グレス、カチュア、オランド、お前たちも何か俺に言うことがあるんじゃないのか?」


「……ゴ……セ、セクトしゃまぁ……許してぇぇ……」


「セクトさん……私、みんなにそそのかされてたんです……。悪く言えって……。本当はこんなこと、したくなかったのに……」


「「「「……」」」」


「……な、何を言うんですか。みんなひどーぃ……」


「……」


 追い詰められたことで、今度は最もバカにしてたはずの俺に媚び始めるなんて、さすが黒いオアシスと呼ばれていただけはある。いや、黒いビッチか……。


「……シェクト……ウスノロは……おでだった……。だかるぁ……許してくで……」


 オランドのやつ、今頃気付いたのか。もっと早くその台詞が言えてれば、もしかしたら俺の気が変わったのかもしれないのに。もう、何もかも遅いが……。


「何弱気になってんだ。祭りはまだまだこれからだぞ? お前ら、存分に楽しもうじゃないか!」


「「「「「……」」」」」


 俺は努めて明るく振る舞ったつもりだったが、みんな元気がなかった。


「おいおい、どうしたんだ? が悪いぞ。そんなに死にたくないんだったら、これから俺に誠意のある謝罪を言えたやつだけ生かしてやろうかと思う。謝罪大会開催ってわけだ。だから元気出せっ!」


 この言葉をきっかけに、周囲から一斉にごめんなさいの呪文が飛び出し始めたので、俺は大いに笑ってやった。どれだけ謝ろうと、誰一人生還なんてさせるわけないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る