127.本気の手加減
「……」
さて、彼女たちはどうなってるかな?
俺はグレス、ルベック、ラキルの猛攻を回避しつつも、バニルたちがどうなっているか確認する余裕もあった。朦朧壁に遮られるほど遠くないのでわかるんだ。
相変わらずスピカが先頭に立って大ボス――ファーストガーディアン――と対峙する中、バニルの指示でミルウとルシアが的確にスピカをサポートしているのがわかる。あれなら、少し動きの質が落ちてきたとしても持ち応えることができるはずだ……っと、こっちにも集中しないとな。
悪魔たちとの交渉が決裂したんだし。
今はこっちが完全に優勢だが、人間ってのは勝利を確信したときが一番危険だと感じている。あくまでも用心深く現状を分析するべきだ。グレスは当初一番強いと感じていたが、ここに来て評価がガラリと変わった。固有能力頼りで喧嘩慣れしてないのが伝わってくるんだ。
それに比べて、ルベックとラキルは動きの質が初めの頃よりは落ちているもののそこまで変わってないし、虎視眈々とこちらの隙を窺っているような、そんな危険な臭いがした。とはいえ、こっちが優勢なのに変わりはないし、一気に終わらせるつもりもない。
俺は左手を《ハンドクラブ》に変えると、今やたまにしかされない《神授眼》の効果が切れてすぐ、掴みかかってくる相手の勢いを利用して、ちょうどすれ違う恰好でグレスの顔に当ててやった。《神授眼》はこっちから攻撃しようとすることでも発動するが、偶然を利用した攻撃に対しては適用されなかったようだ。
「うぶぉっ!?」
元々軟弱な体のせいか、無様に地面を転がっていくグレス。やがて起き上がるも、前歯が何本も折れている上に鼻血を出していた。これじゃ王様の威厳が台無しだな……。
「お……おにょれえええぇぇえええっ……!」
【聖蛇化】して襲い掛かってきたが、今まで通り回避に徹するのみだ。この姿になるとスピードもパワーも桁外れに上昇するため、【悪魔化】したラキルや《電光石火》を使ったルベック同様、こちらからは下手に手を出さないようにしている。
「――次はお前だっ!」
「いっ……? うがあっ!」
敵が全員素の状態に戻り次第、まずルベックの顔面に張り手スキル――《エアクラップ》――を使用してから、時間差で右手を鈍器に変えた《ハンドクラブ》で右足の膝を思いっ切り叩いてやると、やつは目を剥いて崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。結構いい音が鳴ってたし、最低でもひびは入ったはずだ。
「ル、ルベック!?」
「……」
へえ……ラキルのやつ、悪魔のくせに仲間の心配をしてるのか。真のクズ同士ということで気が合うに違いない。それなら仲良く転んでもらおう。
「ぎひっ!?」
ラキルの腹に《ハンドクラブ》がめり込み、ゲロを撒き散らしながら倒れ込む。汚いなあ……。
「――グォ……ゴミセクトぉぉ……!」
「――ク、ク、クソセクト……!」
「――ゴ……ゴ、ゴミムシイィィイッ……!」
グレス、ルベック、ラキルはそれでも向かってきた。絶対に簡単には死なせてなるものかと全力で手加減しているこっちの苦労も知らずに。もちろん、油断は大敵なので手加減しつつも100%集中しているつもりだが……。
「「「うがあぁっ!」」」
こいつら、重なり合うようにして倒れ込んだかと思いきや、少し経ってまた一斉に起き上がって攻めてくるので、あきらめの悪さや呼吸の良さに笑いが込み上げてきそうになるが、我慢だ……。
「――ププッ……」
ダメだ。やはり笑いが漏れてしまう。何せ、やつらの顔が一様にパンパンに腫れ上がっていて、さらに人相が悪くなっちゃってるからな。
「……う、うごぉ……あ、あ、あとは任せたぁぁ……」
とうとうグレスが離脱してしまった。《忠節》なんて使ってないのに四つん這いになって、どこに行くのかと思いきや、不細工のカチュアのところだった。
「……カチュアぁぁ……もう……ダメ、だぁ……一緒に……死――」
「――はあぁ? 死ぬなら一人で死になさいよねぇぇ、このクソキモ男があぁっ!」
「ぶぼっ……?」
「……」
カチュアが放った水とともに、怒りのキックがグレスの顔面にめり込んでる。
体力や精神力を奪うカチュアの派生スキル《犠牲》がとどめになり、とうとう《神授眼》を使える気力さえなくなったようだ。本人はそう思ってなかったのか隙だらけだったもんだからクリティカルヒットが決まったんだろうな。今の一撃で気を失ったようだ。ひとまずこいつは後回しにするか……。
さて、あとはルベックとラキルの二人しか戦えそうなのは残ってないわけだが、こっちはさすがにしつこく食い下がってくる。まだまだ楽しませてくれるようだな。だが……そろそろ終わりだ。
「「ぶぎっ!」」
ラキルとルベックの声と体が仲良く重なり、ともに地面に這いつくばる形になる。
……ん? 全然立ち上がらないな。もしかして気を失ったのか。それとも、まさか……二人とも死んだ……? ピクリとも体が動いてないような……。
「おーい――」
「――クソセクトオオッ!」
「――ゴミムシイイィッ!」
「なっ……?」
俺が覗き込もうとしたら、やつらは立ち上がると同時に飛び掛かってきた。しまった、罠だ。ルベックもラキルも死んだ振りをしていたんだ……。
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