126.お人よしの一途さ
状況は俺にとって良くなるばかりだった。オランドは地中から手を出した状態で衰弱してるし、カチュアは不細工になったせいで戦意を喪失してうずくまっている。
「グォッ……ゴミ、ゴミセクトォォ……」
「ク……ソ、セクト……!」
「ゴミムシイイィッ……」
「……」
何より、今や俺を攻撃してくる敵はグレス、ルベック、ラキルの三人のみという現実。
その彼らも明らかに動きの質が劣化し続けている。グレスとラキルはそれぞれ【聖蛇化】【悪魔化】することが減ったし、ルベックも【神速】に頼り過ぎたのか露骨にへばっている。
疲労、損傷、出血、激痛、麻痺、飢餓……体に様々な負担が重なって、心の部分でも乱れているのが目に見えてわかった。
とはいえ、赤い稲妻ルベックとクールデビルのラキルは昔からとにかく喧嘩が滅法強くて手段を選ばないタイプだから油断は禁物だ。
よーし、この辺で少し挑発してやるか。言われてばっかりでも大したダメージはないと思ってたが、塵も積もればなんとやらで結構ストレスになってたしな。
「ゴミグレス、クソルベック、ゴミムシラキル、まだやるのか?」
「……ひ、ひひっ。こ、怖くてやめてほしいのかぁ……?」
「クッ……クソクソクソッ! クソセクトの分際で……!」
「あ……あははっ……ゴミムシのくせに言うねえ……。スェクト君、よっぽど悔しかったのかな?」
子供っぽい悪口だとは思うが、やっぱり結構効いてるっぽいな。特にルベックは顔真っ赤で、怒りを隠そうともしない。こんなもんだ。シンプルな言葉って割と響くんだと気付いた。しかもオモチャだと思ってた俺から言われるんだから、苛立ちも二倍増しのはずだ。
「でも……セクト……僕たちと一緒だよね? それってさ……」
「……ん?」
ラキルが妙なことを言い出した。
「俺がお前らと一緒? 笑わせるな」
「だって……君の台詞はどう聞いても、聖人が言うものじゃないよ……。その行動だってそう。僕たちを皆殺しにしようっていうんだよねぇ? 散々苦しめて……」
「何が言いたい? 命乞いでもする気か?」
「ク……クソセクトオオオオオッ……! てぇ、てめえ今なんて言いやがったああっ! 命乞いだとおおおおぉぉ!?」
俺の台詞が逆鱗に触れたらしく、ルベック様が目を剥いて怒ってらっしゃる。
「黙ってて、ルベック……お願い」
「け、けどよお――」
「――だから……黙れってんだよおおおおおおおおぉぉぉっ!」
「……」
ラキルの憤怒した様子は、激怒していたルベックが黙り込むほどの迫力だった。まだまだ力が有り余っていたようだな。面白い。何をしようっていうのか見極めさせてもらおう。
「よし、一時休戦だ」
「……セクト、ありがとう。命乞いだと思ってもらっても一向にかまわない。実際、死にたくないしね。ただ、僕が言いたいのは、君もクズだってことなんだよ」
「俺がクズ……? 悪党を成敗するやつがクズだっていうなら、この世に正義は存在しないってことになるが?」
「手段が問題なのさ。冷静になってよく聞いてほしい。君は、僕たちがやったように苦しめて残虐に殺そうとしてるんだよね。いや、それ以上に……。果たして、これが正義の味方のすることかい……?」
「……」
なるほど、話術で動揺させてあわよくば隙ができたらラッキーっていう下心もあるんだろうな。クズであることは認めてるわけだし。
「お前らの仲間になれとでも?」
「……簡単に言うとそうだね。クズ同士、気が合うと思うんだ。もう君はオモチャのセクトなんかじゃない。『ウェイカーズ』の新リーダーに相応しいよ……」
「……はあ」
思わず溜息が出てしまった。寒気がする。
「残念ながら、俺はお前らとは違う」
「心の中は違うってことかい? まさか、僕たちを残虐に殺そうとしてる君が聖人だと言い張るの……?」
「いや、俺は聖人なんかじゃなくて普通の人間だよ。……けど、お前らは人ですらない。心を喰われた悪魔だ。だから人を傷つけることも裏切ることも平然とできるんだろ? つまり、ただのモンスターよりも性質が悪いってことだ。そんなやつらを殺すことにためらいはない」
人の姿をしたモンスター、それを討伐するのが悪だというなら、その汚名はいくらでも受けようじゃないか。
「セクト……僕たちを信じて……うぅっ……」
ラキルの目から一滴の雫が零れ落ちた。
「俺が信じるのは人の涙だ。お前らみたいなモンスターの流す液体じゃない」
「モンスターじゃないよ、人だよ……」
「ラキル……お前らを人だと思っていたセクトは、お前ら自身が崖から突き落として殺してしまったんだよ。だからここにいるのは、お前らが生み出した別人ってわけだ……」
「そんなの嘘だ……」
まだ言うか。しつこい男だ。
「覚えてるかい? 故郷のイラルサ生誕祭で、君はよくタダ同然のガラクタを買い漁ってただろう。それを上手く細工して新しいものを作って、僕にプレゼントしてくれたよね? ほら、足で踏むと蓋が開く小さなゴミ箱だよ。今でも宿舎の自室に置いて使ってるよ……」
「確かに、その記憶は残ってる。でも、あの頃の俺には戻れない。情熱っていうか、ひたむきさだけは失ってないけどな。今の夢は、お前らを残さずこの世から消し去ってやることだ……」
「……く、狂ってるよ、そんなの。ね? お願いだから、あの頃の優しいセクトに戻って……」
「だからもう別人だって言ってんだろ、ゴミムシラキルッ!」
「「「……」」」
やつらの顔、ラキルを筆頭にぽかんとしちゃってるな。《エアクラップ》なんて使ってないのに。俺が吐くとは思えない台詞だったからか? とりあえずこれで俺はもう昔のセクトとは違うことがわかったはずだ。おそらく、今一番脅威だと思われているであろう頑固な点を除いて。
「なあに、狂うことには狂戦士症で慣れてるから心配しなくて結構。これが終わったら正常に戻るだけだ。それまで盛大に前夜祭を楽しむとしようじゃないか。今はモンスターでも、死ねば人になれる。安心しろ……」
俺はクールデビル顔負けの静かな笑みを作ってみせた。あのときの野次馬の代わりは、この膨大にある墓場だ。静かではあるが、呪いのような不気味な空気を放ちながらこいつらの死を待つことだろう……。
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