123.表層化する傷跡


「もういいぃ。ゴミセクトを殺せええぇぇ……」


 グレスの声がやや上擦ってる。微かに焦り始めてるな。


「……へ? で、でもグレス……様、クソセクトを捕まえるんじゃ……?」


「ルベック……仕方ないよ。手加減してたらオモチャに逃げられる」


「……私も遊ぶのはもう疲れました。キモイしとっとと殺しましょ……」


「……」


 少しは現実が見えるようになったらしい。言葉通り、やつらの動きが格段に良くなっているのがわかる。遠慮のない動きで俺を殺そうとしているのがわかる。


「クソセクトオオオッ!」


「ゴミムシイイイイィ!」


「早く死んでください!」


「ゴミセクトオぉぉ……!」


 爪が、刃が、水が、蛇の鱗が……俺の視界で際限なく煌めく。特に目立ったのがグレスの変身した姿。これが【聖蛇化】というやつか……。


 動き自体は《電光石火》を使ったルベックより遅いんだが、それでも【悪魔化】したラキルよりはスピードがあり、変則的かつ的確な動きで俺を絞めようとしてきて一番危険だと感じた。


「……っ!」


 威圧感も凄くて、一歩間違えれば一番グロテスクに殺される羽目になると考えると恐怖心すら覚える。さらにねちっこい性格のグレスらしく、《神授眼》もしつこく使用してくる。


 しかし、あくまでも俺のやることは変わらない。足元に置いた《ワープ》に《エアクラップ》を使用し、少し離れたところにある別の《ワープ》まで移動すると、それと同時に以前のワープゾーンを《幻草》にして追撃されないようにする。


「クソが、また逃げやがった! ラキル、向こうでクソセクトを待ち伏せしてくれ!」


「了解っ」


「……」


 というわけで、《ワープ》した先には【悪魔化】したラキルが待ち構えていたわけだが、《幻花》を挟んでることもあって別の場所に置いた《ワープ》に《エアクラップ》を使用することで間髪入れず飛ぶことができ、同じように幻の草花でも置いて追われないようにするだけだった。


 あくまでも同じスキルを立て続けに使うようなことがなければ、別のスキルを挟むことによって再使用時間をキャンセルできるんだ。


 しかも、《ワープ》で移動したばかりのときに生じる、お互いに触れ合うことのできない相互不干渉状態――無敵時間――がほんの僅かだがあると気付いたし、《ワープ》単体だと別の場所に飛ばされるせいで相手も無暗に手を出し辛いというのもあるんだろう。


 だから俺が前の《ワープ》を《幻草》に変えて新しい《ワープ》を置くまでの間、ほんの一瞬だけ隙だらけになるものの、相手には単体の《ワープ》の壁と無敵状態を盾にされ、慎重にならざるを得ないのだ。


 バニルたちとのゾンビごっこでこれらの事実を知ったとき、俺は絶対に捕まらないという確信を持てた。とはいえ、やつらの怒涛の攻撃もすさまじく、こまめに使用される《神授眼》も相俟って俺がやれることは回避のみだった。


「にっ、逃げるだけかよ、チキン野郎のクソセクトオッ!」


「はぁ、はぁ……お、お人よしだから手を出せないのかな? いや……ゴミムシは這うことしかできないからかっ!」


「ふぅ、ふうぅ……勘違いハーレムのキモ男さーん。逃げてばかりじゃ勝負になりませんよー?」


「……ゴッ、ゴミセクトおぉぉ……」


 疲れ始めてるくせに、この中で現状が見えているのはどうやらグレスだけのようだ。焦燥感がひしひしと伝わってくる。


 それもそのはずだろう。やつらは少なからず体力を使っているが、俺は違う。このままいけばどっちが苦境に立たされるか、グレスは理解しているというわけだ。それでも攻撃をやめられないのは、恐怖心からだと思われる。


 いつ俺が反撃に転じてくるのかという恐ろしさが、この息つく暇もないような波状攻撃を生み出しているのだ。グレス以外も、本当は薄々気付いてはいるが都合の悪いことなので見ないようにしているだけかもしれない。


 俺は淡々と回避しながら、今か今かとやつらの様子を窺っている。《電光石火》《変身》《神授眼》が切れるタイミング、呼吸、目の動き、ステップ……時間が経つにつれて、少しずつではあるものの連中の癖がわかってきたし、動きに綻びが目立ってきたのが見て取れた。


 そろそろいいだろう。やつらが何を言うか楽しみだったが、口数も減ってきたし……。そういやラキルも以前言ってたな。オモチャは反応がないのが一番つまらない、と。だったら


 一気にはつまらないから、ちょっとずつだ。お前たちがこれまでに積み上げてきたものを、俺がゆっくりと少しずつ崩してやる。最後の最後まで楽しみながら弄ってやるつもりだ……。

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