124.宴の始まり


 焦りや苛立ちが強くなってきたらしい。


 その兆候は、敵側のある行動から読み取ることができた。《分身》だ。


「クソセクト死ねっ! 贓物ばら撒いて死ねよコラアアァァァッ!」


「……」


 ルベックが何人も襲い掛かってくるようで迫力はあったが、俺にはまったく通じなかった。わかるのだ。自分の気配察知能力がもうSランクに達そうとしていて、相手が何をしてくるのか、その細かい動きすらも。


「なんでっ……なんで当たらねえんだよこのクソがあああぁぁっ!」


 何人ルベックがいようがどこに本物がいて、どういう風に攻撃しようとしているか、足の爪先の僅かな動きまではっきりと読み取ることができた。やつの分身たちが一様に唇を噛みしめているところも。


 やっと今になって、俺はリーダーのベリテスの言ってたことが本当の意味で理解できたような気がした。なんとなく俯瞰できるんだ。何かに依存するのではなく、極自然な状態であらゆるものを見下ろす……そんな感覚を保つことができていた。


 さあ、今度こそ反撃の時間だ。《神授眼》をグレスに執拗に使われるためろくに動けないが、それでも充分だった。自分が大して動けないなら相手の勢いを利用してやればいい。


「――クソセクトオオオオッ!」


 動けるようになったタイミングで、俺は欠損した右手をわざとフリーな状態にしておいてやった結果、ルベックが掴もうとしてきたのがわかったので、《ハンドブレイド》に変えてやった。


「捕まえ……ぐわあぁっ!」


 素手で勢いよく剣の刀身部分を握ったらどうなるか、これでよくわかっただろう。やつは咥えた短剣を落とすと、右手から血をダラダラと流していた。


 ルベックはまだ俺を生け捕りにすることをあきらめてなかったようだが、これでさすがに懲りたはずだ……って、あれ? やつが短剣を左手に持ち替えると思ったら、そのままだ。何故かと思ってよく見たら。何かあったんだろうか?


「こ……こんなのなんともねえええええええぇぇぇぇっ!」


 さすがは赤い稲妻。痛いだろうに、それでも短剣を拾って果敢に襲い掛かってきた。


「こんのクソ間抜けがあぁぁ……」


 グレスの表情には、新たに怒りの成分が加わったようだ。


「ルベック……ここは僕たちに任せて、まず傷を……」


「そうですよ。こんなの私たちだけで充分――」


「――うるせえええぇっ! こんな逃げてばっかのクソザコに負けてたまるかってんだよおおおおおおぉぉぉっ!」


「逃げてばっかりでごめんな。赤い稲妻。痛そうだけど大丈夫?」


「クソセクトオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 俺が冷笑してやると、やつは髪だけじゃなく顔まで真っ赤にして迫ってきた。だが、そんな様子とは裏腹にさっきのが効いてやはり慎重になっているのか、勢いに翳りを見せ始めている。このカウンター的な攻撃は、バニルやスピカを見て学んだものだ。まだまだ彼女たちには劣るが……。


 この頃になると、俺は当初より体を動かせるようになっていた。《神授眼》の間隔が空き始めている証拠だ。精神力や体力がなくなってきて、集中力が欠け始めているのが大きいんだろう。呼吸が乱れてきているのもはっきりとわかる。


 俺は《ハンドブレイド》を《ハンドアックス》に切り替えると、もう一つの《ワープ》に《エアクラップ》を使用して移動するタイミングで、斧を振り下ろした。


 知っていたんだ。いつもその隙を狙って黒い爪を伸ばしてくる悪魔がいたことを。


「うわあああぁぁっ!」


 真っ黒な爪を生やした悪魔の右手首が地面を転がり、やがて人間の手に戻った。


「ゴッ……ゴミムシイイイイイイイイイイッ!」


 さすが、ラキルもクールデビルと呼ばれるだけあって、これくらいじゃ泣き言を吐かないか。


 ……っと、そうだ。あれを貰おう。俺はやつらの攻撃を回避しつつ、落ちた手首を拾って自分の欠損した部分にあてがい《結合》してみた。


「……」


 そのタイミングで《神授眼》が来てむかついたが、効果が切れたときに俺は右手を普通に動かすことができていた。


 なんだ、悪魔もたまには役に立つじゃないか。これで俺の気持ちも少しは理解できたかもしれないが、所詮は悪魔なんだから何をやってもいいだろう。まだまだ、宴はこれからだ……。

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