122.零れ落ちる激情


 お、視界が大分晴れてきたな。


 また《エアブルーム》を使って埃を巻き上げようかとも思ったが、やめた。オランドがどうなったかをこいつらに見せてやりたかったし、こういうことをしなくても勝てるというところを証明したかった。そのほうがより屈辱感があるだろうしな。


「――お、おい! 腐ったみかんの手なのか!? これ……」


「え……ま、まさかオランドがセクトにやられた……?」


「オ、オランドさん……?」


「……オランドおぉ……」


 やつらはみな驚いてる様子だが、誰一人悲しんでいる気配はなかった。驚きが9割で戸惑い1割といったところか。


「俺がやったんだよ。見せしめに生き埋めにしてやった」


 俺が発言してからしばらく間があったものの、今までのように笑い声が上がることはなく、代わりにルベックが物凄い形相で睨みつけてきた。……あれ? ……。


「クソセクト……腐ったみかんを殺したくらいで調子こきやがって……」


「しかも不意打ち。ま、お人よしのセクトにしてみたら成長したのかなあ? 少しは……」


「……」


 ルベックはともかく、ラキルはまだ冷静さを失ってない様子。若干焦りが見えるが、まだまだ、これからどんどん引き出してやる……。


「卑怯な手を使って、たった一人……それも、オランドさんだけ殺しましたーって……ダサすぎません……?」


 いいぞ黒いオアシス、その調子でどんどん俺を煽れ。強がってはいるが水筒を持つ手が少し震えてるのがわかるし、のが目に見えるようだぞ……。


「ひひっ……お前たちぃ、早まるなぁぁ……」


「「「……え?」」」


 グレスの一声でルベック、ラキル、カチュアの口元が引き攣る。さすが、グレスはこの中ではずば抜けた能力があると言われてるだけあって、一筋縄じゃ行きそうにない反応を見せてくれた。


「……セクトぉ、俺の子分になれえぇぇ。それならぁ、今までの無礼を特別に許してやるううぅう……」


「……」


 なるほど、懐柔しようってわけか。


「はあ? なんで俺が弱っちいお前らの子分にならなきゃいけないんだよ」


「……こいつ……今、なんて言いやがった……?」


「……あははっ。呆れた。随分言っちゃってくれるねぇ。折角のチャンスを逃した挙句、僕たちのオモチャとして地獄を見たいだなんて……こんのクソゴミムシがっ……!」


「寒気がしました……。このセクトって人、正直キモすぎでしょ。なんか格好つけたつもりみたいですけど、完全に滑ってますよ……?」


「ひひっ……仕方ないぃ。俺たちに逆らえばどうなるか思い知らせてやるぞおぉぉぉ……」


 ……しかし、オランドをやっつけたってのに随分と舐められたもんだな。さすがのお人よしな俺も怒りが溢れ出しそうだった。一人ずつ消そうかと思ったが、それじゃ物足りない。こいつらがまとめて命乞いをするまで痛めつけて、それからが本番だろう。


 ……お、今オランドの手がぴくっと動いたのがわかった。まだ死んでなかったらしい。しぶといやつだが、これで楽しみが一つ増えたな……。


「お前ら……絶対後悔するなよ……」


「こっちの台詞だ、クソセクト!」


「いい加減にしたらどうだい? ゴミムシッ!」


「あー、気持ち悪っ」


「ひひっ、ゴミセクトは俺のスキルで何もできやしないいぃ。捕えろおぉっ……」


「……」


 まだ現実が見えてないようだな。殺せじゃなくて捕えろだと? いいだろう。《神授眼》をかけられて身動き一つ取れなくなったが、間近に迫ったルベックの背中が見える位置に俺はいた。


「なっ……クソセクト……!?」


【神速】というだけあって確かにやつも速いが、こっちは一瞬で移動できるからな。


「ゴミムシイイイィッ!」


【悪魔化】したラキルが俺を捕まえようと黒い手を伸ばしてきたが、即座に逃れることができた。何度やっても無駄なことだ。俺が何をしたかさえ、やつらにはさっぱりわからなかっただろう。


 まず、自分の手前に《ワープ》――ワープA――を置き、少し離れた場所、すなわちルベックの後方に《ワープ》――ワープB――を置く。


 手前のワープAに《エアクラップ》を使用してワープBまで飛んでルベックから逃れ、ワープAを《幻草》に変えると同時、少し離れた別の場所にワープCを置き、近くのワープBに《エアクラップ》を使用してワープCまで飛び、追いかけてきたラキルの魔の手から逃れたというわけだ。


 もちろん、その時点でワープBを幻の草か花に変えることも忘れない。これで新しいワープゾーンをランダムに置けるし、追撃も免れることができるからだ。さらにここからワープAを置いて移動することで、回避行動はしていく。


 これらの一連の動作をほぼ同時にやれるのはゾンビごっこで鍛えたおかげだし、それだけ気配を読めるからでもある。やつらがあまりにも立て続けに向かってくるようだと妨害用に《ファイヤーウッド》も使う。それに加えて《幻草》と《幻花》。この三つで回すことで、再使用時間の隙間も埋められるってわけだ。


「――うぬぅぅ……」


 連中の中でグレスだけ、《神授眼》は使ってくるものの、まだ様子見状態なのか襲ってこない。ようやく理解できたようだな。俺を捕まえるのはなんだと。それがわかるから、プライドの高い王様はあっさり避けられるのが怖くて俺を捕まえようとはしなかったってわけだ……。

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