121.舞い上がるもの


 最初に俺が何をやるかは決まっていた。


 まず開口一番、《エアブルーム》で埃を巻き上げてやる。もちろん、自分だけ《エアマスク》は装着済みだ。


「ぐぇほっ!? クソセクト、何しやがっ……げほっ、げほおっ!」


「けほっ……み、みんな落ち着いて! このお人よしにできることなんてこれくらい……けほっ、げほっ……」


「むぐぉほっ! ウ、ウスノロ……どこだ、俺だけのウス……むほぉっ!」


「……こほっ、こほぉっ……。は、早く懲らしめてくださ……こほっ!」


「ひひっ……ひほっ……ぐぉ、ゴミセクトぉ……むふっ、無駄なあがきをぉ……ひほっ!」


「あははっ!」


 やつらの狼狽する様子が実に面白かったので笑い声もおまけしてやる。散々笑いやがったからそのお返しだ。


「お、お前らぁ、安心しろぉ。俺がゴミセクトの動きを止めたぁぁ……」


「……」


 グレスに関しては、ちゃっかり《神授眼》っていうSランク派生スキルで俺の動きを封じ込めてきたが、それこそ今の俺にとってはでしかない。


 俺はまず《ワープ》を少し離れた場所に置く。あと一つしか出せないが、それで充分だった。


「――クソセクトッ! どこだ!?」


「ルベック、大丈夫。僕に任せて。やつはもう動けないんだし」


 ラキルがこっちに近付いてくる。例の《魔眼》っていう探知スキルか。だが、それも想定済みだ。


 俺は足元に二つ目の《ワープ》を置く。直置きはできないから、《神授眼》で一切動けない俺がこれに触れるにはあるスキルを使う。相手に張り手をする効果のある《エアクラップ》だ。


「あ、あれ……?」


 俺がさっきまでいた場所でラキルが呆然としてるのがわかる。


 目前の《ワープ》に《エアクラップ》を使うと、俺は少し離れた場所に設置した《ワープ》近くまで飛んだ。これで終わりじゃなく、前のワープゾーンをすぐに《幻草》に変化させてやる。


 再び《ワープ》を設置するためと、追撃を防ぐためだ。周囲には埃がまだ舞ってて視界が悪いが、俺には高ランクの気配察知能力があるからやつらがどこで何をしているのか、表情や息遣いまではっきりとわかる。狂戦士症なんかに頼らなくても、やつらが俺の獲物に過ぎないということも鮮明に理解できた。


 さあ、一人ずつ消していくとしようか。最初のターゲットはオランド、お前に決めた。


「……はぁ、はあぁ……おいで、シェクト……もう離さにゃい……」


「……」


 オランドのやつ、ゾンビの姿で彷徨いつつ、必死に抱き付こうとする仕草を繰り返していた。本当に不愉快なやつだ……。


 やつと初めて出会ったのは、当時俺が11歳の頃に開催された賢者イラルサの誕生祭のときだった。ラキルと歩いてたらオランドが不良に絡まれてるところを見つけて、それでラキルと一緒に助けたんだ。


『……あ、ありがとです。お、お、俺、オランドって言います……』


 身長は高かったが、やたらとガリガリで肌が青白くて気弱なやつだったことを今でもよく覚えている。将来の夢は学者とか言ってたが、俺たちとつるみ始めてから勉強が疎かになり、悪い方向に変わっていった。


 一番の冒険者になってやるとか言って体を鍛え始めた頃から、やつは少しずつ横柄になっていったような気がする。当時結成した非公式パーティー『ウェイカーズ』のリーダーになって、オランドは逆に人をいじめる側になった。


 あるとき、青白いというよりも真っ白な透き通った肌をした、とても大人しい同級生をオランドが呼び出したことがあった。


 そいつはいつも女の子としか遊ばない、人形を抱えた無口な赤い髪の少年で、当時はとか呼ばれて一部のクラスメイトの間ではバカにされつつ恐れられてたんだ。俺の近所に住んでるやつでもあり、お互いに名前は知らなかったが小さい頃から顔見知りだった。


 なんで当時のあだ名が恐怖の人形なのか、それはかなりあとで知ったことだが、誰かに人形を取り上げられると、人が変わったように激怒して暴れ回るからだった。小さい頃に亡くした母親の形見だったらしい。


 だが、喧嘩で勝ち始めて調子に乗っていたオランドは腕試しと称し、赤い髪の子から人形を取り上げるどころか、目の前で焼いてしまった。赤い髪の子は異常なほど怒り、オランドが十日以上意識不明になるほど一方的に叩きのめしたのだ。


 これもあとで知ったことだが、その赤い髪の少年こそルベックだったんだ。人形を失った彼は荒れに荒れ、不良への道を突き進んでいったわけだ。赤い稲妻の下地を作った罪は重い……。


 今こそ、それを含めて贖罪のときだろう。ほんの刹那の間に色んなことを思い出しながら、俺はやつの背後に《ワープ》を置いてそこに移動し、首根っこを捕まえた。


「いぎっ!? おごおぉっ!」


《神授眼》の効果が切れたタイミングで、素の状態のオランドの頭を何度も地面に叩きつけてやったあと、俺は《ハンドアックス》で既に掘っていた穴にやつを入れて土をかけてやる。


「ゴ、ゴミセクトぉ……」


 またグレスから例のスキルを食らったが、今動けなくなってもなんの問題もないし、俺を捕まえに飛び込んできたやつらも《ワープ》で回避済みだ。


「む……むごぉっ……」


 土の中で苦しそうな声を出すオランドを、《反転》によって《幻草》とたまに入れ替えて少し呼吸させてやり、また穴に戻してやる。


「……シェ、シェクト……たしゅけて……」


「シェクトって誰だよ。知らないな、そんなやつは……」


「……シェクト……お、おでが悪かったからぁ……じっ、じぬう……ぐるじい……」


 地上と地中、交互に入れ替えるのを繰り返すうち、オランドは地面から手のみを出したまま動かなくなった。


 おいおい……まさか、もう死んじゃったのか? なんかこれじゃあまりにもあっけない気がするから、気絶した可能性に賭けて少しだけ呼吸できる穴を《ハンドスピア》で開けておいてやるか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る