111.王の歩み


「それそれそれっ♪」


『フシュルルルッ……!』


 スピカとボスの声、それに勇ましい金属音――槍と剣が激しく擦れ合う音――が墓地に響き渡る中、周囲がより明るくなってくるとともに霧も追い出して、その戦いの様子がはっきりと目視できるようになってきた。


 やはりスピカが優勢に立っているのがわかる。ボスはまさに防戦一方だった。


 彼女が頑張ってる間、俺はバニルから『ウェイカーズ』のメンバーの固有能力を聞いたこともあり、やつらを倒す方法を考えていたわけだが、中断して呆然と見入ってしまうほど、スピカの動きは素晴らしかった。バニルが自分より上だと言うのがよくわかる。空洞症さえなければいい勝負なんだろうけどな……。


 それでも、スピカは病み上がりだ。いずれまた風邪が再発するかもしれないということを考えるとぼんやりとはしていられない。やはり、ボスを倒す方法を第一に考えていくべきかもしれない。そう思い始めた矢先だった。


「――来る……」


「……だね」


 バニルも察したように、『ウェイカーズ』の連中が早速登場してきた。まるでこっちの考えを見透かすかのように。だが、引き摺られはしない。それこそ相手の思うつぼだからだ。


 ボスを倒す方法を考えた上でやつらに対抗できる手段が見つからない限り、何度でも《ワープ》で旅をしてもらうだけだ。


「……」


 だが、いつまで経ってもやつらがそれ以上近付いてくる気配はなかった。また懲りずに焦らし作戦か。だが、今回は事情が違うぞ。再発のリスクがあるとはいえ、スピカが重圧をかけられた程度で動揺して大崩れするとは思えない。どうせまた隙を突いてルベックを差し向けてくるつもりだろうが、誰がその手に……。


「……なっ……?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


 あいつらのうち、一人だけゆっくりとこっちに向かって歩き始めたのだ。しかも、誰かと思ったら蛇男のグレスだった。


 バニルの話だと、『ウェイカーズ』ではまるで王様のような振る舞いだったという。ルベックやラキルを差し置いてやつがリーダーになったってことは、二人を遥かに凌駕するほどの力があるってことなんだろう。でなきゃ、やつらが納得するとは到底思えないからな。固有能力【聖蛇化】のスキル性能を考えると違和感はないが、なんでそんなのが一人でこっちに向かってくるっていうんだよ。グレスのやつ……一体何を考えている……。


「……」


 久々に襲ってきた胸や手首の痛みを《シール》で抑える。


「大丈夫、セクトならきっとやれるよ……」


「ありがとう、バニル……」


 バニルが俺の右手の損傷した箇所を手で優しく包み込んでくれたことで、より痛みが治まった気がした。


 ――例のどんよりとした空気を漂わせてやつがやってくる。不気味な笑みを浮かべながら、堂々と陰気さを剥き出しにして。まったく変わってないようで、昔とは雰囲気が全然違う。そこにルベックの腰巾着時代にあった怯えは一切見られない。陰気というより邪悪、暗いというより深淵。小物感溢れるやつだったのが、圧倒的自信によるものか大物感さえ漂わせていたのだ。


 やつと初めて会ったときのことを、俺は何故か思い出していた。これもトラウマが薄れてきた証拠か。王都からイラルサの村まで引っ越してきた転校生として、グレスはクラスの人気者になった。


『僕、グレスっていうんだ。よろしくね、セクト君っ』


 ……それがグレスに対する俺が抱いた最初の印象だった。


 今では信じられないが、やつは陽気で顔だけでなく成績もいいほうだったし、クラスの女子にモテモテだったんだ。それが嫉妬を産んだのか、やつは次第にいじめられるようになった。最初は物を隠される程度だったんだが、徐々にエスカレートしていって最終的には目を背けたくなるような凄惨ないじめに発展した。


 とはいえ、グレスにも原因はあったんだと思う。俺は田舎者のお前らとは違うみたいな見下した態度を露骨に取ることがあったし、王都での華やかな出来事をいつも女子たちに囲まれながら自慢げに話していた。それがクラスの男子どもの怒りを買ったんだろう。


 いつしかあいつは教室の隅で靴跡がついた長髪を落書きだらけの机に垂らし、ブツブツと小声で呪いのような独り言を吐く陰気な男になっていた。


 グレスが蛇男と呼ばれるようになったのは、それからやつがしばらく学校を休んだあと、箱一杯の蛇を教室まで持ってきてからだった。悲鳴が巻き起こる中、グレスは泣きながらこれはいじめに対する正当な復讐なんだと喚いていたが、当然のようにやつに対するいじめはさらに過酷さを増していった……。

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