110.思いの着地点


 空洞症……バニルによると、程々であればいいが、頑張りすぎると発症するもので、しばらくの間ほとんど力が入らなくなってしまうという。歩けなくなるほどではないものの症状が治まるのに短くて二、三日はかかり、長くて七日以上もかかるらしい。


 そのため、彼女はあえてスキルの熟練度を上げないようにしてきたのだ。努力を重ねるほど力の空洞化が大きくなるというから、彼女はスキルに磨きをかけたくても病のせいでできなかったってことになる。


「ごめんね、セクト。今更こんな大事なことを……」


 言葉を詰まらせるバニル。


「しょうがないじゃないか。いいんだよ。バニルに力が入らないんだったら、俺がその分頑張るから。骨になって支えてやるから……」


「……セクト……」


 俺はバニルの手を握った。


「汚いよ。私の手は血まみれだから……」


「汚くなんかないさ。狂戦士症の俺を受け入れてくれたこの手が汚いはずがないだろ?」


 バニルの手を自分の頬にやると、程よい温もりが伝わってきた。


「「……」」


 俺たちは気が付いたら唇を重ねていた。こんな大変な状況なのに、今にも溢れそうな感情を抑え切れなかったみたいだ……。


「……私ね、リーダーに思いを伝えたことはあったけど、一緒になれるとは思ってなかったんだ」


「バニル……?」


「あの人の中に姉さんしかいないことは知ってた。ただ、思いを伝えておきたかっただけ。振られるってわかってたのにバカだよね。でも、自分に嘘をついたまま生きていたくなかったから……」


「……」


「何か起きて、自分の気持ちを永遠に伝えられなくなるときが急に来るかもしれないし、後悔したくなかったから。いつ大事な人が消えちゃうかわからないもの。姉さん、カルバネ、それに――」


「――カルバネ? あいつに何かあったのか?」


「……うん。パーティーブレイカーにやられちゃって……」


「……パーティーブレイカー……」


 ってことは、アデロ、ピエール、ザッハ……あいつらの中にいたってわけか。補欠組が解体されたあと、カルバネを含めた四人で新しいパーティーを作ったって聞いてたし、もし俺がそこに所属していたらと思うとゾッとするな……。


「そういや、バニルはカルバネとは幼馴染だっけ」


「うん。あんなに気まずい間柄になってたのに、いざ目の前で死なれちゃうと……ちょっとね。やっぱり幼馴染なんだって思って……。こんなに苦しい思いをするなら……もう、ずっとこれから一人で生きてもいいって思っちゃった……」


 色々と思い出しているのか、バニルが目頭を押さえていた。


「……バニル、俺はきっといなくならないから……」


「きっと……?」


「か、必ず……」


「……じゃあ、セクトのこと好きになっちゃうね。もっと……」


「ちょっ……」


「……どこでも付け回すから……」


「おいおい……」


「ふふっ……じゃあ腹八分にとどめておこうかな……」


 無邪気に笑うバニルはとても輝いて見えた。


「……あ、それとね、『ウェイカーズ』について調べたんだけど……」


「バニルが命懸けで調べてくれたんだっけか……って、まさかルベックだけじゃなくて、全員……?」


「うん」


「……」


 よく死ななかったもんだ。事後なのに心臓に悪い……。


「言うね――」


「――ちょっと待って。その前に推理したい。多分だけど、グレスが大蛇化、ルベックが速度上昇、ラキルが悪魔化、オランドがゾンビ化、カチュアが……水を飲んだら回復するとか、こんな感じじゃ?」


「……凄い。全部当たってる。なんでわかったの?」


「一応元メンバーだし、やつらっぽい能力を取得してるのかなって」


「なる……」


 ――それ以降、俺はバニルから『ウェイカーズ』のメンバー全員の固有能力についての詳細を教えてもらった。


 まずグレスからだ。


 彼の能力は【聖蛇化】といって、高いスピードとパワーを兼ね備えた白い大蛇になるそうで、蛇男と呼ばれていたあいつにぴったりだと思った。


 派生スキルの《神授眼》は、視界に入った者や自身を攻撃しようとする者の動きを止めるスキルで、下手に食らうと致命傷になるし対処法が難しいスキルだと感じた。さすがにSランクなだけある……。


 次に、ルベック。やつの能力は【神速】というらしい。


 基本スキルの《電光石火》や派生スキルの《分身》は、俺のほぼ予想通りで赤い稲妻という呼び名に相応しいが、底は見えている気がした。ファーストガーディアンの速さに目が慣れてきたせいかもしれないが……。


 三人目のラキルの能力はクールデビルらしく【悪魔化】といって、グレスほどじゃないものの身体能力が上がり、特に傷を負ってもすぐに治りやすい体質になるとのこと。


 しかも翼があって飛べるらしいから一筋縄じゃいかなそうだが、グレスほどの脅威は感じなかった。派生スキルの《魔眼》は優れた探知スキルらしいから、俺たちがどこにいるかはほぼ丸見えだったってわけだ。


 続いてオランドの能力は【腐屍化】。


 腐ったみかんというあだ名の通りゾンビになれるそうだ。その間はいくらダメージを受けても死なないものの、脆くなるせいで逆に弱くなるらしい。派生スキルの《麻痺》も痛みを和らげるだけという地味なものだし、ランクが低いのも納得で脅威の欠片も感じない。


 最後に説明されたカチュアの能力は【闇水】。


 基本スキル《授肉》を使った水を飲めば、一日一回限定で死ななくなるとか。黒いオアシスという別称通りだ。


 あと、使用した水をかけることで相手の体力や精神力を半分ほど吸収できるAランク派生スキル《犠牲》も含めて厄介だと感じるが、《授肉》は一日に一度、それも一人にしか効果がないそうだし、何度でも使えるという《犠牲》にさえ注意すれば大した脅威にはならないだろうと感じた。

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