97.縺れ合う悪意
「――き、消えた……? そんなバカな……」
闇が鎮座する中庭の奥で呆然と呟くラキル。
ここへ到着したばかりの、彼を始めとするパーティー『ウェイカーズ』の面々に驚きが広がるのは自然な流れであった。そこにいるはずだったセクトとその仲間たち、さらにボスまでもが忽然と姿を消してしまったのだから。
「もしかして大ボスを倒され……いや、そんなはずは……」
「お、おいラキル、消えたってどういうことだよ!」
「かなり遠くに行ってしまってるみたい……。ってことは、ここしか……」
ルベックが声を荒げる中、ラキルは焦った様子で近くの茂みにあるワープトラップを踏んだわけだが、またしても大広間に戻ってしまう形になった。
「――……は、ははっ……」
呆れたように笑うラキル。そこではモンスターが遠くで数匹彷徨っているのが見えるだけで、セクトたちはもちろんボスの姿もなかった。
「……セクト……中々面白いことをやってくれるじゃないか……。ただの壊れたオモチャ箱から、びっくり箱くらいには進化したのかな……?」
「……なあ、これってセクトがアレを使ったんじゃねえか」
「……あ、アレとは一体……?」
ルベックと一緒に大広間に現れたオランドがぽかんとした顔で尋ねる。
「あ? てめえは関係ねえんだよ腐ったみかん!」
「もぎゃっ!」
ルベックがまだ【腐屍化】してないオランドを殴って前歯が三本飛ぶ。
「お、おでのまえびゃ……」
「……ルベック、アレって何?」
「ほら、例のあらゆるものをスキルに変えるとかいう……。それでなんかしたんじゃねえのか?」
「……なるほどねぇ。だとしたら、セクトはワープゾーンをスキルに変えてボスごと別の場所に飛んだ可能性があるね……」
「……なんだそりゃ。クソセクトのくせにふざけやがってよ……。おいオランド、わかってるな?」
「しょ、しょんな――」
「――死ね腐ったみかん! 全部てめーのせいだ!」
「うぎゅっ! うぎゃっ! ……あへっ……」
オランドは慌てた様子でゾンビになったものの、それが解けて失神したあとも腹や頭にルベックの蹴りが容赦なく入り、そこら中に血が飛び散った。
「ルベック、それ以上やったらオランドが壊れちゃうよ……」
「いいんだよこんなきたねーの。どうせいつかぶっ壊すんだし、遅いか早いかだけの――」
「――ルベックうぅ……」
「はっ……」
ルベックの顔が見る見る青くなる。彼の肩を後ろから叩いたのは、リーダーのグレスだった。
「……な、なんでしょうか、グレス様……がっ!?」
グレスに顔を殴られて倒れ込むルベック。本来であれば余裕で避けられるものだったが、相手がグレスとなると事情はまったく違っていた。Sランク派生スキル《神授眼》により動きを封じられたのだ。
「うがっ! あがああっ!」
その場にいる全員が黙り込むほど、ルベックはグレスによって一方的に暴力を受けていた。
「……グ、グレス様、そろそろ……」
ラキルが歩み寄ろうとしたところで、グレスはルベックの顔に唾を吐き捨てると何事もなかったかのようにカチュアの元に歩み寄り、お互いにうっとりとした表情で唇を重ね合った。
「……ル、ルベック……」
「……」
ラキルが差し伸べた手を振り払い、ルベックがよろめきつつも笑いながら立ち上がる。
「……な、なんでもねえ、よ。こんなのよ……」
「ルベック、口から血が……」
「あ……?」
ルベックが口を押さえ、手の平についた自分の血を見てはっとした顔になる。
「お、俺の血……?」
「……ルベック?」
「……みっともねえ。なんて無様なんだ……プププッ……ハハッ……アハハッ、ヒャハハッ! ブヒャヒャヒャヒャッ!」
ルベックはひとしきり笑ったあとでひざまずくと、床を両手で何度も何度も交互に殴りつけた。拳に血が滲んでもそれはしばらく続いたのだった。
「――……いてえ、いてえぜ……。見ろよラキル。嵐渦剣を持つ握力すらほとんど残ってねえ。これじゃしばらく解剖もろくにできねえな……」
「……悔しいよね、ルベック。僕もその気持ち、よくわかるよ……」
ラキルの頬を涙が伝う。
「……口元笑ってんぞ、ラキル」
「フフッ……これでも一応同情はしてるんだけどね、だって懐かしくて……。ルベックがそんな風にマジになるのって最近あまりなかったから……」
「酒場で調子こいてた元冒険者に喧嘩売って、逆に殺されかけたときくらいか……。あんときは俺たち、一か八かで死んだ振りしたら騙されてくれて、そっから一方的に滅茶苦茶にしてやったけどな……」
「もうこれ以上ないくらいにねっ。僕も、あのときばかりは死ぬかと思ったけど……」
「……さて、少し頭冷やしたおかげで、いい考えが浮かんだぜ。クソセクトを捕まえるための、な……」
「おおっ。さすがぁ……。グレスには言わなくていいの?」
「変に期待持たせたらまたやられる。適当に言ってはぐらかして、黒いオアシス……いや、クソビッチといちゃつかせてりゃいい」
「それはそうだね。いい加減、目に毒だけど……」
ラキルの呆れた視線の先には、横になったグレスとカチュアが激しく絡み合う姿があった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます