96.潰えない炎


 上級パーティーですら、……それほどの攻撃力を持つとされる、恐るべきボスモンスターが俺たちの前にいる。


『……コォォ……』


 人魂のような姿をした中ボス――ウォーターフレイム――は、ある程度の距離まで近づくと周囲に渦巻くような火柱を立てるらしく、それに少しでも触れた箇所は即座に灰になってしまうそうだ。


 やつの攻略法としては、まず取り巻きのボーンフィッシュたちを全部倒すことで、それによってボスは火柱を一旦解除し、取り巻きを《呼び出し》する準備に入るという。


 狙うのであれば唯一そのタイミングであり、火柱がある間は凄まじい熱気のせいで迂闊に近寄れず、遠距離攻撃しようにも的が小さい上に防御力も高いため、本体に当たったとしても大してダメージを与えられずに終わるとのこと。


 唯一魔法系の、それも風属性であればかなり効くらしいが、うちにはそんなものはないし、そういった属性のついたレアな武器もない以上、今あるものでやっていくしかない。


「お魚さん、こっち、こっちい!」


 囮役も兼ねたミルウが走り回って取り巻きを引きつけてくれるから助かるが、ボスから離れすぎると派生スキルの《呼び戻し》を使用してくるため、ある程度は接近しないといけない。


「うっ……」


 少しでもボスに近付けばわかるが、やつを覆い隠すほどの火柱が上がって異常な熱気が襲ってくる。これで体力をより消耗させられるし、長期戦はなるべく避けなければならないということだ。


 火柱がなくなればすぐにでも攻撃を仕掛けられるよう、できるだけ近付いていく。その間、ボスは動かないしなんの攻撃もしてこないが、火柱が無言の圧力をかけてくる。


「それっ、今だよお!」


 ミルウが魚たちを全部倒してくれたことで火柱が消え、人魂のようなボスの本体が露になる。よし、彼女の言う通り今がチャンスだ。


「――か、硬い……」


 ボスはとても高いところにいるので、俺は右手を《ハンドスピア》で槍にしてみんなと一緒に青い火の玉を攻撃したわけだが、やたらと硬いし一部が欠けてもボス共通固有能力【リカバリー】の基本スキル《初期化》ですぐに再生するしで、まったく効いてる気がしなかった。頭上に固定された鉄球かなんかを突いてるような感じなんだ。


 本当にこういうやり方で倒せるのかと不安になってくる……。


「……時間、かかりそうだね」


「だな……」


 バニルはジャンプしてようやく剣先が届く感じだし、早くも疲労の色がありありと出ている。


「ってか、届かないからミルウを手伝ってくる!」


 いつの間にか夢想症になっていたルシアが、後方にいるミルウのところに涙目で走っていった。武器がナックルだししょうがないか。


「お覚悟ですっ。それっ、それえっ!」


「……」


 スピカ、笑顔でガンガン突いててなんか怖いが、一番的確にダメージを与えてる感じだった。ただ、のが気になる。風邪の再発じゃなく、熱気のせいだと思いたいところだ……。


「みんな、そろそろ引いて!」


「え、もう?」


 今さっき飛び込んだばかりだというのに……。


「早くっ――」


 バニルの悲壮感溢れる声に引っ張られ、俺も含めて一斉に下がった。


「――うぐっ。げほっ……」


 物凄い熱気に包まれ、俺はさらに後退するもむせ返る。みんなでほぼ同時に下がったとき、火柱はかなり近くにあった。バニルの言うことは本当だったんだ……。


「なんの前触れもなかったっていうのになんでわかったんだ?」


「懐に踏み込んだときに、呼吸を十回分したらすぐに引かないとダメなんだって。みんな、ごめん。事前にこんな大事なことをちゃんと言ってなかった私のミス……」


「なるほど……」


 先人の知恵が生きてるってわけだ……って、バニルがうつむいて露骨に落ち込んでる様子。


「いやいや、バニルも人間なんだからしょうがない」


 俺の言葉にみんなもうなずいてくれている。今までの彼女の貢献を考えたら、むしろお礼を言いたいくらいだ。


「……みんな、ありがとう……。あと、弱ってくると火柱を出してくる間隔がその分狭まるから気を付けて」


「……」


 ボスを弱らせれば弱らせるほど、こっちが攻撃できるチャンスがそれだけ失われるってわけか。こりゃ倒すのに相当時間がかかりそうな相手だ……。


「――はっ……」


 こ……この気配は……。


 まただ。また『ウェイカーズ』の気配がする。しかも今はボスと戦闘中だっていうのに、こんなときに……。


「……みんな、後ろからやつらが来る。俺を狙っているパーティーが……」


「うん。私も気付いてたよ。ボスと戦ってるのを見越して一気に攻めるつもりみたいだね」


「……だな」


 これでやっとわかった。小ボスのリトルエンペラーと戦闘中に現れたあの謎の冒険者は、おそらく俺たちの動きを監視するためにあいつらから送られてきた間者だったんだろう。


「そっか……。つまり、あたしたちがボスと戦ってる隙に襲おうってわけね。それでボスもぶんどる気だわ。なんて卑怯なやつらなの!」


「ふふっ、いけませんねぇ」


「あふっ! ずるーい!」


『ウェイカーズ』がどういう連中かを、みんなも肌で感じた様子。


 でも俺は一応あのパーティーに所属していたわけだし、卑劣なあいつらの考えそうなことだからこれは想定していた事態でもあった。相手がその気ならこっちにも考えがある。こういうときのためにを準備してて本当によかった……。

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