98.唐突なる終焉


「――はぁ、はぁ……。ダメだぁ。おいら、もう歩けねえ……」


 月の光が舞い降りた大広間にて、がっくりと座り込むアデロ。


 彼を含む、カルバネ率いるパーティー『ソルジャーボーンズ』は、『ウェイカーズ』を追いかける形で中庭の茂みにあるワープトラップを踏んだのだが、その先ではモンスターが遠くに数匹見える程度で今までと同じく延々と歩き続ける羽目になったため、ついにアデロが音を上げたというわけだった。


「おいアデロ、起きろ。ここにお前だけ置いていかれたいのか」


「そ、そんなぁ。カルバネさん、せめて休憩を……」


「我慢しろ」


「うぅ……」


「アデロさん……まだ歩けるくせに、嘘はいけませんねぇ」


「……んだ……」


「……はあ? 嘘じゃねえよ。本当にくたくたでもう歩けねえし……大体、その必要がなくなったんだよ。……おめーらとの生活は割と楽しかったけど、もう飽きたしな。


「「……え……?」」


 座り込んでいるアデロの姿がフッと消えた途端、ピエールとザッハが目を剥いて倒れ込み、その場に血だまりができる。二人の背中から脇腹にかけていずれも深い切り傷が残っていた。


「――なっ……」


 カルバネは異変に気付き、咄嗟に避けようとしたものの間に合わず、短剣によって胸部を貫かれていたが、倒れることなく【骸化】して、振り向きざま長剣を振った。


「……ア、アデロ……貴様あ……!」


 だが、既にアデロの姿はどこにも見当たらなかった。


「……ぐ、ぐううぅ。ま、まさか……やつが、あの……パーティーブレイカーだというのか……」


 そこに残っていたのは血痕が付着した凶器のみで、例の二人組の一人が持ち帰ったはずの、黒塗りの分厚い短剣――アサシンダガー――だった。


「……たっ、確かに妙な気配を感じたことはあったが……やつの正体に気付けなかったとは……」


 カルバネは元の姿に戻り、傷口を片手で押さえながらピエールとザッハの元へ歩み寄る。


「ピ、ピエール、ザッハ……無事か――」


 カルバネははっとなった。二人とも出血量が凄まじく、脇腹から贓物がはみ出た状態で最早手後れだったからだ。


「――リ……リーダー……まだ……死にたくない……です……」


「……嫌、だぁ……」


 ピエールとザッハは、いずれも無念の表情を浮かべたまま絶命した。


「……うぬぅ……よくも……」


 カルバネも深手を負っていたために倒れそうになったもののぐっと堪え、剣を杖代わりにして前に進み始めた。


「……こ、このまま死ぬわけにはいかん……。セクト、バニル……お前たちに一矢報いるまでは……死ねない……死ぬものかあぁ……」






 よしよし、俺の狙い通りに上手くいった。


 ワープトラップに《スキルチェンジ》を何度も使用することで獲得したBランク派生スキル《ワープ》によって、俺はボスと自分たちをどこかの場所に送り込んだのだ。


 褒められた話じゃないかもしれないが、まだあいつらに勝てるような作戦は浮かんでないから仕方ない。ボスと戦いつつも並行して考えてはいたんだが、どうしても思い浮かばなかったんだ。


 さて、気を取り直して現在位置を把握するか。ここはどこだろう……。


 見た感じ謁見の間みたいだな。俺たちがいるのは、燭台に照らされた赤い絨毯の道の奥のほうで、近くの一段高い場所には珊瑚のような縁取りの玉座があり、その上には自分こそが王だと主張するかのように浮かぶ中ボス――ウォーターフレイム――の姿があった。


『コォォ……』


「みんな、離れろ!」


 やつの仕様を思い出して俺は慌てて離れると、バニルたちが追従してまもなく元居た場所付近に火柱が立ち、周囲は熱気に溢れ返った。相変わらず凄まじい熱量だ。やつを《ワープ》に乗せようとしたとき、ちょうど火柱が解除されたタイミングだったから本当に助かった……。


 俺はあのボスにはもちろんのこと、『ウェイカーズ』にも勝たなくてはいけないんだ。大変なことだが、必ず達成してみせるつもりだ。


 ただ、なんとなくだが両方とも倒す方法を考えるより、徹底的にボスの攻略を考えたほうが結果的に『ウェイカーズ』の攻略にもなりそうな気がする。何事も中途半端が一番いけない。


 というわけで今は中ボスに集中するとしよう。やつは防御力が高い上、火柱を出すせいでこっちが攻撃するタイミングも限られている。それを突破する方法は何かないものか……。


「あっ……」


 早速、俺の脳裏に浮かんできた。鳥肌が立つような最高のアイディアが……。


「セクト?」


「……どうし、たの……?」


「どうしましたぁ?」


「どーしたのお?」


 みんなが期待の眼差しを俺に向けてくるのがよくわかる。それだけきつい状態だから、なんとか俺に突破方法を見つけてほしいんだ。やつの側で戦えば戦うほど熱気で体力が削られていくわけだからな。かといって離れていては攻撃するタイミングを失う。


 だが、それも終わりだ。やっと中ボスを一気に倒せる方法を思いついたのだから。


「みんな……あいつを倒せる方法がわかったぞ!」


「えー!」


「……ほん、とう……?」


「凄いですうぅー」


「わあい!」


「俺だけボスのところに行くから、みんなでボーンフィッシュを倒してくれ」


「「「「了解!」」」」


 俺たちは中ボスに向かって走った。王を守ろうと、玉座周辺をうろついていた骨だけの魚どもがわらわらと寄ってくるが、バニルたちが怒涛の勢いで蹴散らしてくれているので邪魔をされずに済んだ。なんとも心強い。


「うぐっ……」


 油断すれば気を失いそうになるほど火柱に接近し、攻撃準備に入る。


 ボーンフィッシュたちがくたばったのを見届けてから、俺はボスの真下に入って《ドロップボックス》で宝箱を出すと、《浮上》で徐々に浮かせていった。……よし、これくらいでいいか。


 ――ゴオォッ。


 俺たちが退いた途端、火柱がすぐ近くに立って失神しそうになるが堪える。


 かなり高いところまで上がっていた宝箱を火の玉に向かって落とすと、召喚されたばかりの魚たちが一斉に消えた。なんと、一発だった。効くとは思っていたが、これほどとは。それまでの苦労がなんだったのかと思うくらい、あっけなく終わった……。

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