76.病の向こう


「はーい、お宝回収タイムでーす。ふんふんふん♪」


 スピカがドロップ品の魔鉱石をスキル《収集》で集めている。相変わらず楽しそうだ。そんな様子を尻目に、俺はルシアと並ぶようにして回廊へと続く階段を上がり始めた。


「凄いじゃない、セクト。見直したわよ!」


「……なんか、それまでマイナスだったみたいな言い方……」


「当然でしょ! 一粒で二度美味しいとか変なこと言うから!」


「……そんなに嫌だった?」


「う、嬉しいけど恥ずかしいわよ!」


「……」


 嬉しいならいいんじゃと思うが、やっぱりこれくらい強引なノリのほうがルシアらしいし病の状態だなんて考えにくい。


「正直、新しいメンバーがセクトじゃなきゃ、あたしここまで積極的にはなれなかったかも……」


「俺が狂戦士症だから、普通じゃない者同士で気が合いそうとか思った……?」


「バ、バカッ。そんなんじゃないわよ……」


「ん?」


 ルシアは目元に涙を溜めていた。俺のせいで何か嫌なことを思い出しちゃったんだろうか……。


「……あんたのお人よしなところがお父さんに似てたから……」


「そのお父さんって、ダンジョンで亡くなったほうの?」


「うん。あたしが小さい頃、よくダンジョンについて話してくれたわ。こんなにも素晴らしいものなんだぞーって。でも、あたしは冒険者とかそういうの大嫌いだった。お父さんと過ごせる貴重な時間を奪うから……」


「……」


「そのあと父親面してきた男は元冒険者で、大体は家にいたけど……粗暴で大嫌いだった。母さんに暴力振るって泣かせてたし、挙句止めようとしたあたしにまで手を出して……そのあと、殴ってすまなかったって謝ってきたから一度は許してあげたけど、その日の夜に犯そうとしてきたのよ……」


「そりゃきついな……」


「そうでしょ。本当にサイテーよあんなやつ! それからはもう、家を飛び出して……アルテリスにいるパン屋さんの親戚を頼って、そこで住み込みで働きながら学校を卒業したの」


「……随分と苦労したんだな」


「そりゃね! その頃、あたしがなんて呼ばれてたか知ってる?」


「……お転婆娘?」


「バカッ! ……逆よ、だって!」


「あっ……」


 そうか、そうだった。あの無口で無表情なルシアがデフォルトな状態だったな。


「悔しいけど、あたしはその通り、本当に夢見るお人形さんだった……。普通に、ハキハキ……喋る子に……憧れ、て……」


「……ルシア?」


「……ごめ、ん……。また……元に戻った……みた、い……」


「……」


 昔のことを話すうちにかつての自分とシンクロしちゃったんだろうな。


「いいよ、この状態でも……。俺、慣れてきたし……」


「……うん……」


 無表情なはずのルシアの口元が、ほんの少しだが綻んだように見えた。俺がそう思いたかっただけかもしれないが。


「ラブラブだねぇ」


「……」


 っと、誰かが割り込んできたと思ったら……。


「バニル、からかうなよ……」


「ふふっ。私、嫉妬しちゃったかも……」


「その割に笑顔だが……?」


「表向きはね……」


「腹の中は違うってわけか。女の子は怖いな……」


「あはっ。バレちゃったかぁー」


「うー! ミルウも仲間に入れてよう!」


 ……おっと、ミルウまで割り込んできた。頬を膨らませて不満そうに俺たちを見上げている。


「子供はだーめ」


「むー! ミルウ、こんなにエロティックなのに……あふぅっ」


「ちょっ……」


 いや、だからワンピースの裾を自分でたくしあげてパンツを見せながら歩くのはやめてくれと何度も言ったのに……。


「スピカ、ミルウに何か言ってやってくれ。こんなことしちゃいけないって」


「はーい。めーですよ、ミルウさん。こんなことしてたら風邪を引いちゃいます……」


「慣れてるから平気だもん……」


「はあ……」


 俺はスピカにも何か違うだろうと突っ込みたくなる。っていうか、彼女のほうが顔が赤いし風邪を引いてるんじゃないかと思うが、本人は何事もなさそうに笑顔で歩いてるし気のせいなんだろうか。エロティックな空気を変えるためにも、ここは別の話題を振るとしよう。


「そういやスピカ、収集品はどれくらい溜まった? 相当稼いだんじゃ?」


 あの三匹の半漁兵士を倒したときにかなり魔鉱石が出てたからな。最初のほうで手に入れたものと合わせたら結構な数になりそうだ。


「いえいえ、ですよー……」


「……え、ええっ? 何言ってるんだよスピカ……」


「セクトさん……? 大丈夫でしょうか。きっとお体が疲れてるんですよー……」


「……」


 冗談を言ってるのかと思ったが、スピカの声も顔も真剣そのものだった。

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