75.魚の調理法


「お……」


 俺たちは中庭を進んでいくうち、ようやく城の内部に続くであろう回廊への入り口――壁の内側を抉るような長い階段――を拝むことができたわけだが、近くの茂みにモンスターが隠れているのが俺の気配察知能力で見て取れた。


「あの茂みに半漁兵士が三匹いる」


 ちょうど青い茂みの反対側に回廊への階段があるので、もしそこに俺たちがモンスターを無視して行くようであれば、やつらにしてみたらこっちの背後を取れる形になるわけだ。


「セクト、やるじゃない! 今度はあんたの番なんだから、頑張りなさいよね!」


「うん、頑張るよルシア……って……」


「な、何よっ! 珍しいものでも見る目しちゃって!」


 ……いつの間にかんだな。それを指摘するのも野暮な気がするし、何もなかったように接してやろう。


「い、いや、なんでもない」


「バニルも、今回は譲ってあげなさいよ!」


「わかってるよ。セクト、頑張ってね!」


「セクトさん、ファイトですっ」


「セクトお兄ちゃん、やっつけちゃって!」


「……う、うん」


 俺はバニルたちの熱い応援に気圧されつつ前を向いた。今はみんなに頼らずにモンスターを倒すことを考えないと。俺が復讐しようとしてるのはわかってるだろうし、その訓練という意味でも空気を読んでくれているんだ。それに応えないといけない。


 とはいえ、ここで封印のペンダントを外して狂戦士症になるつもりはない。派生スキル《シール》によってある程度コントロールできるとはいっても、体のあちらこちらにガタが来やすいからだ。だからこれを使うのは最後の手段でいい。


 気配察知能力は確かに便利だが、距離に最も左右されやすい。ある程度距離が近ければ熟練度が高い場合ほぼなんでもわかるが、あまりにも遠くなるとさっぱりわからなくなる。なので俺はまず相手との距離を少しずつ縮めていくことにする。


「……」


 あと三十歩ほどだろうか。やつらの潜む茂みに慎重に近付いていくと、三匹とも武器の種類が違うのがわかった。剣、槍、弓をそれぞれ構えている。おそらく三匹のうち一匹が弓で矢を放ったあと、ほかの二匹が躍り出してくるものと思われる。


 俺がこれからあいつらと戦って勝てる確率を《成否率》で調べてみると、73%と出た。結構高いが、27%も負ける確率があるのか……。引き当ててもおかしくない数字だなこれ。なんで……と思ったら、そうだ。俺は武器を構えていなかった。スキルを使うことに集中していたせいだろうか。一応ハンドシリーズがあるとはいえ、これはまだ熟練度が低くてすぐ消えてしまうものだからな。というわけで長剣を抜いてからもう一度試してみると、今度は31%と出た。


 ……え? 勝てる確率が40%以上も下がってしまった。一体何故……と思ったが、すぐに答えは出た。俺はよく考えたらバニルみたいに剣術が得意なわけではないし、ルシアのように体術に優れているというわけでもない。ミルウのように小回りが利くわけでもなく、スピカのようにダンジョンでの実戦経験が豊富なわけでもない。


 俺は気配察知能力によって回避することで狼峠を乗り越えてきた。だから狂戦士症に頼るわけでもないなら、なるべく武器に頼らないほうがいいんだ。ってなわけで再び《成否率》を試してみると俺が勝利する確率は83%と出た。


 よし、思った通りだ。中途半端が一番いけない。これならいけるぞ……。


 俺は茂みの前を通り、回廊へとスムーズに進んでいく。


 ――来た。矢が飛んできたところで俺は自身を《人形化》してかわし、それぞれ剣と槍を持つ二匹の半漁兵士が横並びになって飛び込んできたところで元の体に戻り、やつらの攻撃に対して回避に専念する。正直、狼峠と比べるとまだ余裕がある。最初の一発は《人形化》を使わなくてもかわせたような気さえした。


 というわけで弓矢を放ってくる半漁兵士は無視してこの二匹をなんとかしよう。


《忠節》を使おうかと思ったが、一匹しかひざまずかせることはできないため、そこでとどめを刺そうとすればもう一匹のほうにやられる可能性が高い。だから武器を持ってなくて正解だった。やつらはほぼ同じタイミングで攻撃してくるからだ。


「――うっ……?」


 俺は気配だけに頼って飛んできた矢をぎりぎりでかわしたが、肩を掠めて危なかった。《人形化》は正解だったか……。このままだと苦しいので何か手を打つことにしよう。そうだ、あの方法があった。


『ギョエェッ!』


 俺は二匹が仲良く同時に飛び込んできた際、その肘が微かに触れ合ったタイミングで《結合》させたあと、《忠節》で同時にひざまずかせ、そのうち一匹の生臭い頭部を《手斧》によってかち割ってやった。できたら横から二匹とも真っ二つにしてやりたいがそんな怪力はない。


「――はっ……」


 ちょうどそのタイミングでこっちに矢が向かってくるのがわかって、バニルたちの悲鳴が聞こえてきた。


『ギョッ……?』


「……」


 俺はその場にひざまずいていて、正面には矢を胸部に受けて驚愕の表情を浮かべた半漁兵士がいた。《人形化》を使おうかとも思ったが、一度やつらの前で行使した手段だし、それより《反転》によって、位置だけじゃなく状態まで入れ替えたほうがこの場合は最善だと考えたんだ。さて、あとはあの半漁兵士(弓)をゆっくり料理するだけだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る