66.向かい合う闇


「お、おい、見ろよ」


「うへえ、やべえなあ、の放つ闇のオーラ、本物だ……」


を見てるだけでも飽きねえぜ……」


「「「ごくりっ……」」」


 冒険者ギルドの二階は物々しい空気に包まれていた。


 一目だけでもその姿を見ようと、闇の世界の住人たちの好奇の視線は挙ってあるテーブルに注がれていたのだ。


『ウェイカーズ』と『ソルジャーボーンズ』という、新しくも禍々しい雰囲気を漂わせる二つのパーティーの談合である。


 彼らを仲介するのが、これまたその世界で知らぬ者はいないとされるグシアノという男であり、話の内容が外に漏れないよう、自分たちがいる周辺以外に音が届かなくなるスキル――固有能力【口無し】の基本スキル《密談》――を行使していた。


「コホンッ……お互い初めてだと思うが、くれぐれもここでの問題行動は慎んでくれよ。俺の顔が潰れちまう……」


 グシアノは自身のモヒカン頭を軽く撫でながら笑っていたが、その表情には明らかに硬さが見られた。多くの大物パーティーを仲介してきた彼がこれほどまでに緊張した様子を見せるのは異例の事態であり、ならず者で知られる野次馬たちも声は聞こえずとも固唾を呑んで見守っていたのである。


「グシアノさん、それは充分理解してますんで、ご心配なく。……『ウェイカーズ』のみなさん、俺は依頼者のカルバネっていいます。どうも」


「……ど、どうも……」


 カルバネが『ウェイカーズ』の面々に向かって一礼したものの、返す者はオランド以外に誰もおらず、ルベックやラキルは薄笑いを浮かべていて、グレスに至ってはカチュアと唇を重ねている最中だった。


「お、お前ら、カルバネさんに失礼だろ!」


「そうですよ!」


「……無礼者……」


「よせ、アデロ、ピエール、ザッハ」


 一斉に立ち上がったアデロたちだったが、それに対してカルバネは顔色一つ変えず宥めてみせた。


「で、でも!」


「こんなのありえないですよ!」


「……んだ……」


「いいから、座れ!」


「「「はい……」」」


 渋々といった様子で着席する三人。


「ふうぅぅ。ひひっ、いい判断だぁ……」


 グレスがいかにも眠そうに薄目でカルバネたちを見据える。


「俺がその気になればぁぁ、お前らなんていつでもに変えられるんだからなぁ……」


「それは頼もしい」


 やはり顔色をまったく変えないカルバネに対して、グレスはさもつまらなそうに片方の口角を吊り上げた。


「さっさと要件を言えぇ……」


「セクトを殺してほしいっていうのが俺たちの願いでして――」


「――つまりクソ雑魚以下なのかぁ、お前らはぁ……」


「……」


「「「あ……?」」」


 アデロたちが立ち上がり、カルバネが止めなかったことでルベックらグレスの取り巻きも呼応するように席を立ち、周囲に緊張が走る。


「やるならやってもいいぜ、なあラキル」


「うん。僕らは構わないけど?」


「……お、おおっ、俺も、だ……」


「や、やめてくれよ、お前たち。俺の顔を潰す気か……」


 グシアノが焦った様子で二つのパーティーを制するように両手を左右に広げる。


「潰してもいいぜえぇぇ。ひひっ……」


「うっ……」


 グレスに口元が裂けんばかりの邪悪な笑みを向けられ、グシアノの顔が見る見る青くなっていく。


「雑魚で悪かった。申し訳ない」


「「「カルバネさん!」」」


「お前らは黙っていろおおぉっ!」


「「「……」」」


 カルバネの怒声はグシアノのスキル《密談》により野次馬たちのほうには当然漏れなかったが、周囲にいる者たちを黙らせるのには充分な迫力があった。


「やつは狂戦士症でして……」


「知ってるぜぇ。固有能力についてもなぁ……。まぁ、オモチャのセクトにはぴったりの能力だなぁ。一つだけ言えるのはぁ、俺の敵じゃねえってことよおぉ。ひひっ……」


「ああん、グレス様、素敵……」


「「ちゅうぅ……」」


「……」


 カルバネは、二人が愛し合う姿から目を背けることはなかった。


「……ふうう。まぁ、雑魚は雑魚でも度胸がある分、少しはマシのようだなぁ……。だが、だ」


「何故?」


「生きたオモチャにすると決定したぁ。ある意味これは死ぬより辛いことでなぁ……ひひっ……」


「わかりました。その代わり、ほかのメンバーは生かしておいてくれませんか。こっちで処理したいので……」


「んー、それもダメだなあぁ。生かすも殺すも、俺次第。女の子はぜーんぶ俺のものぉ。いひっ、ひひひっ……」


 アデロたちの刺すような視線を受けても、グレスの笑い声はしばらく続いた。


「条件を全て飲みます。ありがとうございました」


「いい答えだあぁ……」


 リーダー同士の話し合いが一応まとまったことで、みんな酒を口にし始めて張り巡らされていた緊張の糸もようやく解れていった。


 そんな中、余興ということでオランドはルベックからゾンビになるよう命令され、その場にいる全員に派手に叩きのめされた結果、ちょうど通りがかった女性スタッフの足元にが飛ぶことになった。


「――いやあああぁあっ!」

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