67.森と毒薬
出発が予定より早まり、まだ夕の刻になってない段階で俺たちは宿舎をあとにする格好となっていた。
『お前さんたち、急いだほうがいい。めっちゃ混んでやがるぜ!』
一足先に発っていたベリテスからの手紙で、アルテリスに予想以上に人が集まっているとの報を受けたからだ。人気のダンジョンなので年々増えているが、今年は特に多いのだと。
彼は普段から特殊な鳥笛を持参していて、それを吹くことで金切り鳩を呼び寄せて手紙の入った筒を持たせたという。バニルも持ってて、今は宿舎の彼女の部屋に置いてあるそうだが、ダンジョンから戻ったらそれもスキルに変えてみたいところだ。
「――う、うわ……」
あっちにもこっちにも人、人、人。湖畔の町アルテリスは、入口からして混みあっていた。まさかこんな最初のほうから立ち往生する羽目になるとは……。
「人が沢山いるって、リーダーから教えてもらう前からわかってたことだけど、ここまでなんて……」
いつも大体落ち着いてるバニルでさえ、この混雑ぶりには困惑気味だ。
「んもうっ! これじゃ、ダンジョンの入り口に行くまでに夕方どころか夜になっちゃうわよ!」
短気なルシアが早くも涙目になってる。入口も行列ができてるだろうし、下手すりゃ朝の刻までかかってダンジョンに入れなくなる可能性もありそうだな……。
「あふ……人のジャングルみたいだよぉ……」
ミルウの低い目線からするとそうだろうなあ。
「あらあら。一体何が起こったのでしょう……。あの、そこの頭を綺麗になさった方、何か知っておりますでしょうか……」
スピカがスキンヘッドの強面な戦士風の男に声をかけて緊張が走る。別に綺麗にしたつもりはないと思うんだが……。
「……ん? 俺のことかよ。わりーな、毛が一本もなくてよ……」
苦い顔とは対照的に、男は穏やかな物言いだった。
「いえ、綺麗綺麗ですよぉ」
「……あ、ありがとよ。すげー複雑だけど……」
「じゃあ、教えて頂けるんですねー」
「……しゃーねえな」
ヒヤヒヤしたが、彼の心が広くて助かった……。
「なんかダンジョンの入口のほうで事件があったみたいでよ、教会兵が配置されて通行を制限してるって話だ。パーティーブレイカーの件以来の騒ぎで気が立ってるみてえだから、お嬢ちゃんも気を付けろよ。やつらが見てる前で妙なことをしたら、下手すりゃ極刑だぜ……」
「はぁい。気をつけますねぇ」
「……」
パーティーブレイカーって聞いたことあるな。確か、色んなパーティーに入り込んでは、用済みだと感じたら全員殺害するということを繰り返してる凶悪犯らしい。教会兵が血眼で探してるそうだが、まだ犯人は見つかっていないとのことだ。
「んじゃ、俺は急ぐから。ぼーっとして何か盗まれんようにな」
男は苦笑いを浮かべながら人々の中に割って入り、そのまま飲み込まれるようにして消えてしまった。
そうか……教会兵が来て治安をチェックするために場所取りしてるもんだからこれだけ混雑してるんだな。
しかし、何が起こったんだろう。《ステータス》を使って時刻を調べてみると、既に昼の刻から夕の刻に切り替わっていた。こりゃ人の多さや事件に驚いてる場合じゃない。悠長に構えてたら間に合わなくなってしまう。なんとかしないと……。
冒険者ギルドの二階はすっかり人がいなくなり、唯一残ったカルバネたちがゴミだらけのテーブルを囲んでいた。
「カルバネさん、いいんすか? あんな好き放題言わせちゃって」
「そうですよ。向こうの言いなりで、しかも金だけ払うなんて……」
「……悔しい……」
アデロ、ピエール、ザッハの表情はいずれも沈んでいた。
「……まあ、お前らよく聞け」
それまで無表情だったカルバネが、酒をたっぷりと胃に運んだあと薄く笑った。
「オランドの怯えた様子をお前たちも見ただろう。やつがなんとかしてくれる。極自然にバニルたちが逃げたようにやってくれるはずだ……」
「けど、もしあいつがおいらたちを裏切ったら……?」
「そのときはオランドが死ぬことになる。やつらはセクトをオモチャにすることで役割の被ったオランドを必要としなくなるはずだし、殺すのに躊躇はないだろう」
「カルバネさん……それはそうかもしれませんが、口封じにやつがほかのメンバーを言いくるめて僕たちを殺そうとしてくるっていう可能性は考えられないですか?」
「……ありうる……」
「ピエール、ザッハ。考えすぎだ。もし俺たちに何かあればグシアノさんや金で雇っている第三者から告げ口があるとオランドには釘を刺してある。だから、やつにはもう逃げ場がない。もし失敗したところで、バニルたちを俺たちの手で殺せなくなるだけでほぼ予定通りだ。問題ない……」
「さ、さすがカルバネさん!」
「理想のリーダーですね」
「……偉大……」
「そう褒めるな。まだ何も終わっちゃいない。ベリテスとバニルが必死に肩入れしてるセクトの無様な姿をこの目で見るまでは……ひっく……」
宙を睨みながら残った酒を一気に飲み干すカルバネ。いつしかほんのりと顔が赤くなっていた。
「カルバネさんがそんなに酔うなんて珍しいっすね!」
「ですねえ」
「……んだ……」
「もう何も言うな。前夜祭みたいなもんだ。そろそろ酔いを醒ますぞ……」
パイプタバコを咥えたカルバネの笑顔はほろ苦かった。
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