65.主張する物質


 でスキルを物色するべく、俺は自分の部屋をあとにした。


「……さむっ」


 思わず声に出てしまう。昼の刻になったのに妙に暗い上、いつも以上にやたらと冷えると思っていたら、雨が降り出しているのが一階廊下の窓の前を通ることでわかった。


 そろそろ晩秋の月も終わりを迎え、初冬の月に切り替わる頃なんだろう。あとは仲冬、晩冬と続いて一年が終わる。


 ……思えばあっという間だった気がする。秋に入ってから色々ありすぎたけど、それまでは一瞬だったような。時間が経過するのって本当に早い。もうじき雪が降りそうだ。


 俺は冷たくなった手を、《導きの手》によるちっぽけな火で温めた。若干明るくなるし、すぐ消えてしまうものの思いのほか役に立った。


 ……確か、今いるこの廊下が左右に分かれたところで左に曲がって、玄関を横切って少し進んだ突き当たりのところに倉庫があったはずだ。ちょうどT字の形になっていて、右側に二階への階段や食堂等がある。


 今俺が通ったのはスピカの部屋の前なわけだが、人の気配はなかった。どこか掃除でもしてるのかと思ったら、そのすぐ近くにある風呂場が賑わってるのがわかる。


 裸が見えないように少しだけ気配を探ってみたら、みんなそこにいるっぽい。そうか、ダンジョンに行けばしばらくは入れなくなるから今のうちに入っておこうってわけか。


「……」


 もうちょっと明瞭度を上げてみても……そう思ってしまうのはやはり男の性というものか。俺は《幻花》で、手の平に花を咲かせて気を紛らわせながら廊下をさらに奥へと進んでいった。


 玄関をスルーして、ちょっと歩いた先で立ち止まる。。紛れもなく倉庫だが鍵が掛かっている。どうしようか。壊すわけにもいかないし……。


「……あ……」


 そうだ。鍵穴をスキルに変えてみよう。もちろん、熟練度を上げるべくまず《成否率》を使う。


 2.5%の成功確率だったこともあって、すぐスキルに変えることができた。Cランクスキル《エアキー》だ。鍵なしでも色んなところに鍵を掛けたり外したりすることができる。


 またエアシリーズが増えてしまったが、このスキルだけで牢屋でも宝箱でも開けられるってわけだ。即座に成功するにはかなり熟練度を上げないといけないんだろうけど便利そうだ。逆に鍵を掛けるときなんかは、熟練度を上げれば強固で開けにくいものになるんだろうな。


 早速覚えたばかりの《エアキー》で倉庫の鍵を開けようとしたら、5回目の挑戦であっさり成功した。割と高そうな成功率だが、対象が倉庫だからこんなものかな。


「……おおっ」


 思わず声が出る。倉庫の中には沢山のがらくたがひしめいていたからだ。《導きの手》で、用済みにされてしまったものに光を当てて起こしてやる。


 傷んだ傘、長靴並の大きな白い鳥の羽、頭部をすっぽりと覆うタイプの鉄仮面、真ん中で折れたステッキ、やたらとへこんだやかん……様々なものが、と言いたげに俺を見ているような気がした。


「……けほっ、けほっ……」


 埃臭いので早速鉄仮面が役立った。重いけど……。これに《成否率》を使うと2.5%と出たこともあり、20回ほど試行して《スキルチェンジ》が成功し、Cランクスキル《エアマスク》になった。何々……これを使うと頭部全体が守られ、さらに有害な空気を遮断でき、対象を黙らせることもできる……と。割と高めなランクなのも納得だ。


 鳥の羽は《成否率》が50%だったのですぐ成功して《浮上》というDランクスキルになった。対象を浮かび上がらせることが可能らしい。早速使ってみたが、天井に頭がぶつかりそうになったのでやめた。これって、熟練度を上げたらかなり浮かび上がりそうで楽しそうだが、効果が切れて落下したときが怖いな……。


 成功率100%だったやかんはEランクスキル《エアケトル》になった。《恵みの手》《導きの手》《エアケトル》の三種の神器でお湯が沸かせそうだ。傷んだ傘は想像通りエアシリーズの《エアアンブレラ》で、使用すると雨風を凌げるEランクスキルだった。


 最後にステッキを変えてみると、意外に高くてCランクで《バランサー》というスキルになった。てっきりこれも《エアブルーム》みたいにエアシリーズかと思ってたが違った。


 これを使えば、その時点でどんな体勢であってもバランスが取れるというものだった。また、それによって衝撃を和らげることができるらしい。つまり、これがあれば体術における受け身を体感できるわけか。


 結構良いスキルが得られたし、《成否率》の熟練度もちょうどFからEになったからそろそろ終わりにするか。これでもうちょっと先の未来を占えそうだな。


 ……ん? 倉庫を閉めようとしたとき、奥で音がしたかと思うと何かが落ちてキラッと輝くものが見えた。あれはなんだ……? 取り出してみると、銀色のポットみたいなものだが、水差しのような口はついてない。なんだっけこれ……あ、そうだ。わかった、酒を割るためのシェイカーだ。一応これもやってみるか


 っと、その前に《成否率》を……。


「……えっ……」


 俺はその成功率に目を疑った。0.0005%……。《スキルチェンジ》自体のランクが一つ上がってEランクになってるのにこれか……。こりゃとんでもないスキルなんだろう。ダンジョンから戻ったらこれの変換にチャレンジするとしようか。簡単にはいかないんだろうが、その分楽しみができた。


「――だーれだっ」


「う……?」


 誰かに目隠しされた。この声は……か。


「バニル?」


「正解っ! じゃあ、してる?」


「えっ……」


 エッチな格好じゃないかと一瞬ドキッとしたが、気配で適当に探ると、ちゃんと服を着ているのがわかって俺は安心した。


「なんだ、ちゃんと服は着てるみたいだな」


「うん……。この手、どけるね……」


「あぁ――」


 俺が振り返ると、バニルはスケスケの服を着ているのがわかった。


「――〇×▽□!?」


 騙された。そこまでは見抜けなかった。はっきり見たら見たで危険だし……。


「大丈夫だよ。ちゃんと下着はつけてるから……」


「そ、そういう問題かよっ。てか、なんでこんなの持ってんだか……」


「風呂から上がったとき、誕生日にミルウから貰ったのを見つけたから、もしかしたら《スキルチェンジ》に使えるかなって……ふふっ」


「わ、わかったから早く服を着てくれ!」


「はーい」


 ミルウからのプレゼントなら納得だ。俺は視線を泳がせつつバニルから透明な服を受け取り《成否率》で見てみたら、変換成功率は2.5%とそこそこだった。もうこれだけでCランクなのがわかる。割と苦戦して、34回目でやっとスキルになったが……。


 派生スキル《インヴィジブル》Cランク


 熟練度 Fランク


 これを使うと対象が透明化する。ダメージを無効化したり気配を消したりはできない。


 つまりになれるってわけか。結構使えそうだな。

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