58.主と下僕
「オ……オランド……」
俺は宿舎の玄関先でオランドと対峙していた。
カルバネたちも、庭の片隅にある納屋の後ろに隠れて様子を見ているのがわかるし、バニルたちも不穏な空気を察したのか二階の廊下の窓のほうに集まっているのが気配で読み取れる。
「お、おおおっ……」
俺の目の前にいるのは、紛れもなく腐ったみかんだった。よっぽど驚いたのか、やつは目玉が今にも飛び出しそうになっていて、口元は裂けんばかりに広がっていた。どうやら会えて嬉しいのは向こうも同じらしい。これは意外だった。
「かなり様子は変わったが、まさか生きていたとはなあ、ウスノ……いや、セクト、心配したぞ……」
「……」
心配だって? オランドから心にもない台詞を聞いたせいか、背筋のほうがとても痒くなって、俺は気が散ってやつとまともに目を合わせられなかった。
「ク、ククッ……」
それがオランドには俺が怯えているように見えて都合がよかったのか、いかにも心地よさそうな息を吐き出したのがわかった。気配だけじゃなく、こんなことまでわかるようになったのは良かったような、悪かったような。
「根本的なところは何も変わってないようで安心したぞ、セクト……。怪我の分だけ以前より惨めにはなっているが……ブフッ……な、なあに、これは再会できたことの嬉し笑いだ。わかるだろう……? グフフッ……」
「……う、うん」
「ク、ククッ。そう怖がるな。安心しろ、もう殺そうとなんてしない。俺はな、唯一反対したんだ。お前を殺すのだけはやめてほしいと……。本当だぞ?」
「……なるほど。でも、どうしてここが……」
「巷でお前が生きているようだと小耳に挟んでな……。それで捜していたのだ……」
「さ、捜していたって、俺に今更なんの用が……」
俺はうつむいたまま、声をビブラートさせた。もちろんわざとだ。
「わからんのか……。正式なパーティーとなった『ウェイカーズ』にお前を迎え入れるために決まっているだろう……。崖からお前を突き落としてしまったことを、みんな泣き喚きながら反省しているのだから戻ってこい……」
「……で、でも……」
「……プ、プププッ……そ、そうだ。お前、女の子だらけのパーティーにいると聞いたぞ……」
「う、うん……」
「……つっ、連れてこい。全員だっ。そしたら、もっとお前に優しくしてくれるよう、俺から特別にみんなに取り計らってやってもいい……」
「……」
「何をしている、セクト……早く返事をしろ……」
「……こ、怖い……」
「グフフッ、怖くないぞぉ。ちゃんと返事しろっ」
「で、でも……」
「こんのウスノロ……さっさと返事しろお!」
「……は、はいっ」
「ク、クククッ……」
何かよからぬことを妄想したのかオランドが中腰で股間を押さえている。実に滑稽だ。
「せ、セクト……お前は実に素晴らしい。俺の踏み台……いや、俺を幸せにできる男だ。これから可愛がってやるから光栄に思うのだぞ……」
「……はい」
「声が小さいぞウスノロ!」
お、やっとオランド本来の調子が出てきたな。最初は様子を窺ってる感じだったがどんどん遠慮がなくなってくるのが面白かった。
「はい!」
「もっと大きくだ、ウスノロ―!」
「ウスノロー!」
「……な、何?」
オランドが目を丸くしている。
「ウスノロはお前だって言ってんだよ、クソオランド」
「……ククッ。そうだ、ウスノロはクソオランドだ……あ、え……?」
オランドは心身ともに硬直している様子だった。無理もないか。家畜同然だと思っていたものが反抗してきたんだから。
「聞こえなかったならもう一度言うよ、クソオランド。ウスノロはお前のほうだ。腐ったみかんに用なんてないからとっとと帰ってくれないかな」
「……セッ、セセセッ……セクトオオォッ! 歯を食いしばれっ! 教育の時間だああぁぁっ!」
俺が後ろを向いた途端、オランドが激昂して殴りかかってくるのがはっきりと確認できる。
「――ぁ……?」
やつは派生スキルの《忠節》によって俺の背後でひざまずいていて、呆然とした顔に俺の後ろ足による蹴りがもろに入った。
「ぎゃふっ!?」
《成否率》で100%俺の勝ちって出てたから、何度やっても結果は同じだろう。
ちなみにこれ、玄関に行く前にやったが、何も起きなかったからついさっきやったものだ。つまり、熟練度が低いうちはほんの先に起こりうることしか占えないということなんだろう。
「――な、何をしたのか知らんが、お、覚えてろよウスノロセクトッ! 俺に逆らえばどんなことになるかわかってるだろうなあああぁっ!?」
「……」
何度か俺に軽くあしらわれたあと、閉ざされた玄関の扉の向こうで、掠れた声で必死に遠吠えするオランド。こんなものはほんの序の口だ。今すぐに殺すつもりなんてない。
『ウェイカーズ』の連中は、やつを含めてみんなまとめてたっぷりと痛めつけてから殺してやるつもりだ。俺がされたように、オモチャのように弄んでからな……。
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