57.努力の結晶
部屋の中がぐるぐると回っている。
といっても実際に回っているわけではなく、めまいによって俺の目が回っているからそう見えるだけなのだが。
水晶玉に対して《スキルチェンジ》を開始してからかなり経つが、自室の窓から夕陽が射し込んできてもまだ成功していなかった。このアイテム、いつになったらデレてスキルになってくれるんだ? もうしばらくやめてしまおうかとも思うこともあったが、こうなったら意地でも変換させてやる。
「……変われ、変われ……」
変わってくれ、頼む、頼む……。試行回数は1000回を超えてから数えるのをやめた。今じゃその3倍くらいの数値にはなってるんだろう。それでも、これだけ成功率が悪いということは相当に良いスキルなはずで、成功するまではあきらめたくなかった。
「――あ……」
気が付けば、扉が少し開いていて弁当箱が置いてあった。昼に食べに来なかった俺のために、ミルウが空気を察して作ってくれたんだな。ありがたい。
俺はこれを夕食代わりにしようと口に含みつつ試行を重ねていく。もうすぐ夜の刻だと、一層暗くなりつつある窓がそう訴えてくる。
変われ、変われ、変わってくれ……。水晶玉に映る俺の左目は真っ赤に充血していた。さすがにもう厳しいか。続きは明日にするかなあ。
「――あ……」
しばらく見るのをおろそかにしていた石板に見慣れないスキルが表示されているのがわかった。
派生スキル《成否率》Bランク
熟練度 Fランク
これからやろうとしていることをイメージすれば、その成功率を知ることができる。
「おおっ……」
思わず声が出た。さすがにBランクなだけあって凄く便利そうな効果だ。
これで固有能力【変換】のランクは、たった二日でFからBまで上がったことになる。さらに基本スキル《スキルチェンジ》は使い続けたことで、熟練度がいつの間にかFからDまで上がっていた。基本スキル自体はまだFランクだが、この調子で熟練度を上げ続ければそのうちランクも上がるだろう。
確か、熟練度はCになるとそのスキルのランクが一つ上がって、そこからは熟練度を上げるたびに一つずつ上がっていく仕組みだったはず。
ただし、一つ上げるたびに桁外れに上げにくくなるらしいから気が遠くなる話ではある。とはいえ、これを上げれば成功率も上がっていくだろうからなるべく試行を重ねたいところだ。今日はさすがにもう勘弁だけど……。
そうだ。試しに新スキル《成否率》で、封印のペンダントをスキルに変換できる確率を調べてみたら、0.005と出た。かなり低いなこれ……。ってことは、《成否率》並みのBランクか、それ以上のランクと見た。
難しいがいずれは覚えたいところだ。かなり先の話かもしれないが、冒険者の引退後の仕事によっては教会兵や王都の親衛隊等、固有能力のランクが一定以上のものでないと面接すら受けられないものもある上、ユニークダンジョンとも呼ばれる、冒険者ランクに加えて固有能力のランクがA以上の者たちしか入れない上級者専用ダンジョン――灰の牢獄――に行く上でも有利になる。
気付けば、俺はミルウの弁当をすっかり平らげてしまっていた。やはり、《反転》によって右手を使えたのが大きい。これも仲間のサポートがあったおかげだ。
いずれは目や手を治せる派生スキルも出てくるのかもしれないが、復讐を成し遂げるまではこのままでいたいという気持ちが強い。あの日の屈辱と痛みが、背中をより押してくれると思うから……。
なんか急にやる気が湧いてきたし、封印のペンダントのスキル変換に挑戦してみるか。
「――はっ……」
誰かが……仲間じゃないのが複数、この宿舎に近付いてくるのがわかる。カルバネたちだ。いや、それだけじゃない。
「ぐぐっ……」
胸がズキズキと痛み始めて、ペンダントに左手が伸びるのも無理はなかった。
これは……あいつだ。腐ったみかん――オランド――だ……。何故あいつがここに……?
まさか、『ウェイカーズ』のやつらは俺がここにいることを知っているのか? カルバネたちがいるってことは、やつらがここを襲撃するために雇った可能性が高そうだが、なんでオランド一人だけなんだ……。
「……」
あれ……。トラウマによってこれからどんどん胸が痛くなるのかと思ったが、逆に徐々に治まってきた。これが修行の成果なのか……。
しかも、緊張も大してしない上にやつと会うのが俄然楽しみになってきていた。心が成長して余裕が生まれた証拠なのか。カルバネたちがいる以上、もう俺がここにいるのがバレてるのは明白だし、いい機会だ。成長した姿を見せつけてやるとしよう……。
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