59.回り出す車輪
「……」
その日、俺は珍しく夢を見なかった。
崖から落とされて生還して以降、夢を見ない日なんてなかったのに、なんでだろう? 徐々に覚醒していく意識の中で不思議に思う。
いつもなら変な夢を見て、それについてあれこれと取り留めのないことを考えるのに。俺の心が着実に前へと進んでいることの証左なんだろうか?
「――セクト、おはようさん!」
「おはよう……って……」
いつの間にやら、ベリテスが呑気に欠伸しつつ俺を見下ろしていた。まったく気付くことができなかった。俺が目を開けたのはついさっきとはいえ意識は普通にあったのに、さすが……。
「今日の夜の刻に出発ってことでな、俺はそれまでたっぷりと休むつもりなんだが、その前にお前さんの寝顔を見て癒されようって思ったわけよ」
「……リーダー、なんか死にに行くみたいな言い方やめてくださいよ。あと、それなら出発寸前でもいいんじゃ……」
「かははっ。起きたときはもうやる気スイッチが入ってるからよ。バトルモードってわけよ」
「なるほど……」
ベリテスはたった一人でダンジョンに行くわけだしな。それも超難関と言われる第二層に。元英雄とはいえ、生半端な覚悟じゃ先に進めないということなんだろう。
……そうだ。言わなきゃいけないことがあった。
「……リーダー、昨日カルバネたちが――」
「――知ってるぜ」
「え……」
「俺は気配隠蔽能力だけじゃなく、気配察知もそこそこある」
「まさか、SSS?」
「いや、Sだ」
「……それでも俺より上だし……」
「いや、気配察知に関していえば、俺はこれが限界だからいずれお前さんに軽く抜かれると思うぜ。俺は固有能力がいまいちな分、ほかの部分で補おうとしてきただけだ」
「なるほど……」
さらっと大したことがないように言ってるが、それが余計にベリテスがいかに血の滲むような努力をしてきたかということを窺わせる。
「あいつらの中には妙なのも混じってたが、お前さんが追い返しててスカッとしたぜ。やつらは俺がいる以上、すぐに襲撃しようなんてことは考えないだろうよ」
「でも……そのうち全面抗争になりそうで……」
俺はオランドが売ってきた喧嘩を買ったわけだから、『ウェイカーズ』総出で押しかけて来られてもおかしくない。仮に喧嘩を買わなくても居場所がバレてる以上、時間の問題なんだろうけど……。
「そりゃ面白そうじゃねえか。二度とそういう気が起きないように叩きのめしてやろうぜ」
「……」
ベリテスの明るい顔で色々とごまかされそうだ。
「リーダーがいれば心強いっていうか、そもそも易々と来られないだろうけど、ダンジョンの二層に行ったあとは……」
「なあに、心配しなさんな。今のお前さんは自分が思っている以上に遥かに強い。もちろんバニルたちもな。今のうちに色々試しておけばさらに自信もついてくるだろうよ」
「……うん」
正直、今のでかなり不安は取り除かれた。ベリテスが認めてくれるんだから、俺はもっと自信を持っていいはずなんだ。
「それじゃ、おやすみ。それとな、みんな起こしてあるから、もうすぐ来ると思うぜ!」
「えっ」
ベリテスが高笑いしながら部屋を出ていく。
「――おはよー、セクト」
「あ……」
「セクト、おはようの挨拶に来てあげたわよ!」
「おはようです、セクトさん」
「セクトお兄ちゃん、おはよーなの!」
バニルに続いて、ルシア、スピカ、ミルウもやってきた。以前みたいな寝間着姿じゃなくて、みんなしっかり髪まで整えてきている。リーダーが出発する日だし、朝から気合入れてるみたいだな。
「……おはよう、みんな。どんなスキルに化けたか発表するよ」
「「「「わー!」」」」
みんな目を輝かせてる。修行で話せなかった分、沢山交流するつもりだ。まずはこの場で色んなスキルを見せてやるとしよう……。
「――ちょっと! 次はあたしの番でしょ!」
「ミルウだもん!」
「こらこら、ダメですよー。間違いなくわたくしの番ですから……」
「えー、絶対私だよー」
「「「「むうぅ……」」」」
「……」
意外だった。《幻花》や《夢椅子》、それに《忠節》や《成否率》あたりもバニルたちには好評だったが、一番受けがよかったのはエアシリーズの一つ、《エアボックス》というスキルだったからだ。
まだぎりぎり一人しか収納できない上に効果時間も短いが、この中に閉じ込められることで別世界に入り込んだような独特の感覚があるみたいで、みんな競うように入りたがっていた。てっきり《成否率》が一番人気だとばかり思ってたのに、何が受けるかなんて本当にわからないな……。
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