55.濁った眼


「よう。お前たちが依頼してきたパーティー『ソルジャーボーンズ』か」


 湖畔の町アルテリスの冒険者ギルド二階、カルバネたちのいるテーブルの前に一人のが姿を現わした。


「あ、どうも。俺は『ソルジャーボーンズ』のリーダー、カルバネだ。よろしく――」


「――ふん」


「……」


 カルバネが恐縮した様子で立ち上がると、薄い笑みを浮かべながら寄って来た筋肉質の男と握手をかわそうとしたが、スルーされて苦い顔で席に着いた。


「あなたが『ウェイカーズ』のリーダーで?」


「ん? いや、違うぞ。俺は元リーダーのオランドだ」


「……ちょっ。それはどういう――」


「――アデロ、お前は黙っておけ」


「へ、へい……」


 カルバネが不服そうなアデロを制する。


「では、オランドさんがリーダーからの話を持ってきたと、そう解釈してもよろしいのかな?」


「ふん、安心しろ。話は既につけてある。それより、か」


「……これだけ、とは?」


「酒はこれだけかと言っているのだ。わからんか!」


 オランドがテーブルの足を蹴って酒瓶が揺れ、コップが倒れる。


「あ、あなたねぇ! カルバネさんに向かっていくらなんでも失礼ですよ!」


「……何?」


「よせ、ピエール」


「し、しかし――」


「――いいから引っ込め」


「……はい」


 身を乗り出していたピエールがザッハに諭され、渋々といった様子で着席する。


「これは申し訳なかった、オランドさん……。誰か、酒を持ってきてくれ! ここで一番上等なやつを!」


「ふん。わかればよいのだ」


 カルバネの追加注文で、しばらくして駆けつけてきたスタッフによってテーブル上に置かれた酒瓶を掴み、そのままぐいっと飲み干すオランド。


「ゴクッゴクッ……ふうー……まあまあってところか。もっと欲しいところだが、お前たちはいかにもケチそうだから期待はできんか」


「……いい加減にしろ、お前……」


「ザッハ、お前もよせ」


 テーブル上をドンと叩いたザッハを睨むカルバネ。


「ふん、随分と粗暴な部下をお持ちのようで、カルバネとやらも大変なことだな?」


「「「うぬぅ……」」」


「しっかりあとで教育させてもらう。申し訳ない」


「ククッ、まあいい、特別に許してやろう。喜べ。俺は実に機嫌が良いのだ」


「それは、何よりで……」


「というのも、お前たちが殺すように言ってきたセクトとかいうのは俺のでな」


「なっ……」


 カルバネを始めとして、一同の目が見開かれる。


「しかも、だ。なんでも俺の言うことを聞くでもある」


「そ、それはどういう……」


 これにはカルバネも動揺するほかなかった。始末を頼んだパーティーメンバーの知り合い、それも子分というのは予測できない、また依頼自体を反故にされてもおかしくない異常事態だったからだ。


「ここまで言えばわかるだろう。セクトはうちで預かる」


「つまり、俺たちの依頼をキャンセルしようと……?」


「いやいや、まあ落ち着け。お前たちがセクトを痛い目に遭わせたいというのはよくわかる。が普通の人間かそれ以上のように振る舞うのは、それだけで嗜虐心を煽るものだろうからな。ククッ……」


「「「「オモチャ……?」」」」


 カルバネたちは示し合わせたかのようにきょとんとした顔になる。特異な固有能力を持ち、さらに狂戦士症を有して自分たちに強い意思で反抗してきたセクトがオモチャという発想は、どうしても出てこない斬新なものだったからだ。しかも、それを伝えていたにも関わらず。


「んん? まさかそのオモチャに凄まじい殺意を抱くほどいいようにやられたのか?」


「おいおい、言葉が過ぎるぞ!」


「喧嘩売ってるんですかね?」


「……愚か者……」


 アデロたちが一斉に立ち上がり、オランドを睨みつける。


「無礼な部下を止めなくていいのか? カルバネとやら」


「いや……無礼なのはオランドさん、あなたのほうだろう。当時とは事情が違うだろうし、やつがそう簡単に従うとは思えん」


「ウププッ……これは失礼……。狂戦士だろうがなんだろうが、やつは根っからのチキンなのだ。俺を見れば、便だろう……」


「要するに、容易に逆らえないほど痛めつけられているというわけか。それなら、セクトをオモチャにするという点を詳しく説明してくれ。それ次第では、この話はなかったことにさせてもらう」


「……ふん。まあいいだろう。オモチャにするというのは、すなわち地獄に叩き込むようなものだ。生きたまま毎日精神的、肉体的に苦痛を受けさせる日々……。死んだほうがマシだろうが、俺たちに逆らうことを知らないセクトはオモチャとして生きる道を選ぶだろう。何せ、とんでもなく愚かで間抜けでチキンなウスノロなのだからな……」


 オランドの顔には、至福の笑みが浮かんでいた。

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