52.致命的な弱点


「セクトー」


「ん、バニル、どうした?」


「あのね――」


 みんなで夕食をとったあと、俺はバニルに呼び止められ、リーダーのベリテスからがあるそうだよと伝えられたので、早速彼の部屋へと向かっていた。確か二階に登ったところのすぐ横にある部屋だったはずだ。


「……」


 大事な話か……一体なんだろう? 想像できない。


 ま……まさか、俺が毎日やってる訓練も忘れて《スキルチェンジ》に耽っていたのがバレて注意されるとか……? ベリテスは固有能力に頼り切るスタンスをよしとしないタイプだからありえそうだ。何発か殴られるくらいの覚悟はしておこう……。


「リーダー、入りま――」


「――入れ……」


「……」


 ドアの前、怒った様子のベリテスの声に俺はすこぶる緊張する。こりゃ相当ご機嫌斜めだな。下手したら追放もありえそうな勢いだ。さすがにそれだけはないと思いたいが……。


「ど、ども……」


 恐る恐る扉を開けると、ベリテスがすぐ目の前に立っていて俺を見下ろしていた。


「う……」


「こらこら、逃げようとするなセクト。お前さんがなんでここに呼ばれたかわかってるな……?」


「……はい」


 俺は左の拳を握りしめ、強く目を瞑った。殴られて済むのならそれが一番いい。そういうのは昔から慣れてるしな。


「……」


 だが、いつまで経っても拳は来ない。そうか、焦らすのもお仕置きの一つってわけか。結構効く……。


「――うっ……?」


 あれ? ポンと肩に手を置かれて、体全体が跳ねるようにビクッとなったが、それ以上は何もなかった。


「お前さん……ダンジョンに行くからってそこまで緊張せんでも……」


「……え?」


「ん? 何か勘違いしてるみてえだなあ。俺に一体何をされると思ったのか、正直に話してみろ」


「はい……」


 俺はベリテスに正直に話した。一日の訓練をさぼり、スキル習得に励んでいたことをここで咎められるんじゃないかと思った、と。


「――がははっ!」


「……」


 リーダーの唾が顔に飛んでくる程度には笑われてしまった。


「くくっ……それくらいで俺は怒らねえよ。ただ、ダンジョンに行く覚悟はできてるか、それを見たかったんだ」


「……覚悟?」


「おうよ。ダンジョンじゃ一つのミスが命取りになるケースも多い。それで俺はこんなザマだしな。つーわけで、お前さんに気合を入れてやろうと思ったわけよ」


「は、はあ……」


 また勝手に勘違いしてしまった。俺には思い込むくせがあるとはいえ、結構恥ずかしい……。


「お前さんはもう補欠じゃなくてレギュラーだ。これからはバニルたちだけじゃなく、俺と同等の立場として見る必要があるってことよ」


「……自分が、英雄と同等……」


 俺なんてちょっと前まではF級冒険者だっただけに、にわかには考えられない話だ。


「なあに、そうかしこまるな。俺としてはもう、今日からは可愛い息子じゃなくてな、仲間としてお前さんと接したかったんだからよ。だからここに入ってきたとき、ああいう厳しめの態度を取ったわけでな……」


「なるほど……」


「でも、もう少し修行の必要性があるみてえだな?」


「え?」


「今、。知ってたか?」


「……あっ……」


 思わず声が出た。そういえば、そうだ。確かに気配をビンビンと感じるし、気まずそうな彼女たちの顔まで見える。なのにまったく気づかなかったのは、それだけ集中力が削がれてしまっていたってことなのか……。


「お前さんは男に対して少し怯んでしまう弱点があるみたいだが、それじゃ復讐なんて難しいだろうよ」


「え……」


「対人能力ってのはな、何も戦闘の面だけじゃねえ。憎い敵の前で平静さを失わない能力も大事なんだ。お前さんには、残念ながらそれが根本から欠けちまってる。今のままじゃ狂戦士にでもならない限り戦えないし、仇の前で喋ることすら難しいだろうよ」


「う……」


 反論できなかった。俺は実際に集中力を著しく欠き、すぐ近くで聞き耳を立てていたバニルたちに気付けなかったからだ。


「俺はな、セクト。何度も言うが、お前さんを息子ではなく、あくまでも信頼できる仲間として見たいんだ。だから、もう少しだけ俺の修行に付き合ってくれ。なあに、今回は危険な場所まで旅をさせるつもりもない。


「……はい」


「そこは、了承、リーダー! だろ?」


「了承、リーダー!」


「合格っ!」


 俺はベリテスと笑い合った。彼の期待に応えるためにも、俺はもう少し強くならなきゃいけない。彼を父親としてじゃなく、仲間として見るためにも。ほんの少しだけ、寂しさはあるけど……。

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