42.駆け上がる心
「――と、まあこういうわけよ」
「……」
これから俺が受ける予定の、特別な訓練の内容をベリテスから聞いたわけだが……想像していたものよりずっとやばかった。
それは死の峠とも呼ばれる狼峠に行って薬草を採取してこいというもので、場所はこの宿舎から二日ほど歩いた先にあるんだとか。
そこには関節や靭帯の損傷等に非常によく効く薬草が生えているものの、数が少ない上に狂暴なラピッドウルフたちの住処となっているため、生きて帰れた冒険者は皆無に近いそうだ。というか無謀すぎるので、挑戦者自体がほとんどいないっていうのもあるようだが。
「そんなところにセクトを送り出すなんて、いくらなんでも無茶だよ……」
「そうよ! 死にに行かせるようなもんじゃないの!」
「狼さんに美味しく食べられちゃいますよぉ」
「そんな怖いところに行かせるなんて、ぜーったいダメだもん!」
「……」
こうしてみんな激しく反対してるというのが事態のヤバさを裏付けている。
「セクト、お前さんも同じ考えか?」
「そ、それは……」
ベリテスに言葉を投げられて俺は口をつぐむ。
「そう心配するな。お前さんには気配察知能力の才能がある」
「気配察知能力……?」
「おう。本来なら剣術や体術の達人が修行の過程で会得できるものなんだが、お前さんは既に備わっている」
「なんでそんなことが……」
「わかるのかって? ああ、わかるともさ。俺がお前さんのあとをつけたとき、試してみたんだ。気配を感じるかどうかな」
「あ……」
それじゃ、あのとき感じた気配はベリテスのものだったのか……。
「あれで確信したぜ。おそらく、お前さんは過去に死に迫るような厳しい境遇を経験したことで、危機を察知しようとする感覚が異常に敏感になったんだろう」
「……」
まああれだけヤバイ経験をした人はそうはいないかもしれない。
「でも、そんなことで修行とかもせずに……?」
「もちろんそれだけじゃ会得は無理なんだが、片目を失ったことでより視力以外の感覚が研ぎ澄まされ、心身を鍛えていく過程で会得していったと考えるのが自然だな」
「なるほど……」
「多分石板にも刻まれてるはずだ。ちょっと見てみろ」
「あ、はい」
ベリテスに言われた通り、試しに石板を出して薬指で触れてみると、気配察知能力という新しい項目があり、Fランクとあった。まだ低級だから剣術等の達人にはまったく及ばないだろうが、これをとことん磨いていければ下位の固有能力級に役立ちそうだ。
「これでわかっただろう。お前さんなら狼たちを避けて薬草を持ち帰ることだって可能かもしれねえ」
「……」
朧気なら気配を察知できるが、なんとも不安だ。タイミング悪く集中力を切らしてるときにばったり出くわしたら、それこそ命はない。
「リーダー、私たちもセクトについていくのは――」
「――ダメだ、バニル。それじゃ修行にならねえ。短期間で一気に鍛えるにはこれしかねえんだよ」
「何もそんなに急がなくても……」
「鉄は熱いうちに打てって言うだろ? 固有能力に頼れない今だからこそやるべきなんだ。さあどうするセクト。嫌ならやめてもいいぞ。なんせ命がかかってるからな」
「う……」
どうしよう。かなり重要な選択のような気がする。
「ただ、この機会を逃せば……おそらく、お前さんが飛躍的に強くなる可能性は限りなく低くなるはずだ。強い固有能力におんぶにだっこで肝心なときに役に立たねえやつはいくらでも見てきた。それに頼るだけじゃ真の強さは得られないだろうよ」
「……」
ベリテスの言うことの意味が、なんとなくわかる気がする。彼は地味な固有能力だったからこそ、それだけに頼らずに強くなれたんだ。さらにそのことが地味な固有能力を化けさせることにもつながったんだろう。
「セクト、大丈夫だよ。行かなくても――」
「――いや、バニル。俺は行くよ」
「「「「え?」」」」
みんな意外そうに俺を見てきた。ニヤリと白い歯を覗かせたベリテスを除いては。
「よく言った、セクト……それでこそ俺が見込んだ男なだけある!」
「せ、セクト、どうして……」
「セクト……あんたね、一体何考えてんのよ!」
「セクトさん、それはダメですぅ。メーしちゃいますよ?」
「あふ……セクトお兄ちゃん、行っちゃヤダ……」
「みんな、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だ。危ないと思ったらすぐ帰ってくるから」
もちろん、この台詞はみんなを安心させるための建前であって、絶対に帰るつもりなんてない。行くと決めたら最後まで行かなきゃな。
「お前たち……セクトを心配する気持ちはわかるがよ、どうするかくらい自分で決めさせてやれって」
ベリテスの言葉でみんな神妙そうに黙り込んでしまった。ここまでみんなが心配してくれるのは、俺が弱いからでもある。だから強くならなきゃいけない。
「みんな……とにかく、生きて帰ることだけに集中する。だから、今回だけは俺の我儘を許してほしい」
俺はバニルたちに向かって頭を下げた。卑屈になってるわけじゃない。俺が生きていられるのはみんなのおかげだからだ。なのに危険な場所に飛び込もうとしてるんだから、これはある種裏切りに近い行為なんだ。恩もまだ返してないしな。
「……絶対、生きて帰ってきてね、セクト」
「うん、バニル。元気でな」
「ずっと待ってるよ……。帰ってきたらサービスするね」
「さ、サービスって……?」
「ふふっ」
「……っ」
バニルに目配せされて、俺は我慢できずにそっぽを向いてしまった。悔しい……。
「なーにいい空気になってんのよ! セクト……絶対に帰ってきなさいよねっ! 帰ってこなかったら……思いっ切り泣いてやるんだから!」
「わ、わかったよ、ルシア」
恩人を泣かせちゃダメだからな。気合を入れないといけない……って、もう目元に涙を浮かべちゃってるんだが……。
「セクトさん? もし約束を破ったら……わたくしがお仕置きしますよぉ」
「ちゃ……ちゃんと覚えておくよ、スピカ」
「はーいっ」
笑顔で言うスピカのお仕置きは、俺が幽霊になったとしても避けたくなる不気味さだ。
「死んじゃったら、セクトお兄ちゃんを燻製にしてやるもん!」
「く、燻製……!?」
「ミルウ、それを言うなら剥製でしょ!」
「あふっ……」
「……」
ルシアに突っ込まれてたが、どっちにしてもめっちゃ怖い。これは絶対に死ねないな……。
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