28.小さな感触
「はい、どうぞぉ」
「えっ……」
スピカが客間でクッキーの入った皿をテーブルに乗せてきた。
「あれれ、食べないんですかあ? とっても美味しいですよー」
「あ、いや……今から食べるよ」
「はいっ」
「……」
毒かもしれないと思ったが、さすがに人柱にもしないうちから毒殺はしないだろうと思い直し、一つ食べてみることにした。
「……どうですか?」
「……う」
「う……?」
「美味い……」
「わあっ、よかったです♪」
このクッキー、サクサクホクホクで濃厚な甘さの中にほんのりと苦みがあり、それがより甘みを引き出していた。なんとも奥深い味だ……。
「スピカって料理上手なんだな」
「実は……これ、ミルウさんが作ったものなんです……」
「……そ、そうだったのか」
そういや、弁当を作ったのもあの子だったか。
「わたくしもミルウさんの真似をしたいんですけど、いつも黒焦げになっちゃいますぅ……」
「……あ、はは……」
って、あれ? なんか急に眠くなってきた。強烈な眠気だ。腹が満たされたせいか、あるいは眠り薬でも入れられたか……。
「――はっ……!」
「くー……」
目を開けると、俺はベッドにいてすぐ横にスピカの寝顔があった。
おいおい……。上体を起こしてみてわかったが、そこは誰かの部屋のようだった。床も壁も天井もピカピカで傷一つ見当たらないし、本棚に並んだ書物ですら兵士の配列のごとく一切の乱れがない。偉く片付いてるな。まさかここ、スピカの部屋か。
「……あ、お目覚めになられたのですね。ふわあ……」
スピカが目を擦りながら起き上がってくる。
「ここ、もしかしてスピカの部屋?」
「ですよー」
「な、なんでそんなところに俺を……」
あのまま客室で寝させてもよかっただろうに、自分の部屋に俺を運んでくるなんてあまりにも不用心だ。
まさかと思ってベッドの下を覗き込むも、誰もいない。万が一俺が手を出してきたときに備えて、リーダーの男とかが隠れてるんじゃないかと思ったが違った。
「怒らないでくださいね?」
お、とうとうネタバラシをする気か。
「大丈夫。覚悟はできてるから」
「あの……我慢できなかったんです……」
「へ?」
うるうると目元に涙をためるスピカ。なんなんだ。
「……が、我慢って?」
「その……バニルさんがしたようにセクトさんと添い寝したくて、つい……」
「……はあ」
なんなんだこいつら、いい加減にしろよ。いくら女の子に免疫のない俺でも、こんな不自然な好かれ方はからかわれてるとすぐにわかる。騙される振りをするにしたって、こうもやられっぱなしじゃ腹立つから少し反撃してやろう。あくまでも、あからさまな釣りに引っ掛かったバカな男として。
「す、スピカ……」
俺は真剣な顔でスピカの手を握った。
「せ、セクトさん。いけませんっ……」
なんでそう言いつつ受け入れ態勢なんだ。こいつ、まだ余裕か。それなら見てろ……。俺は鼻の下を伸ばしつつニヤリと笑ってみせると、スピカの胸に手を伸ばした。
「あっ……」
「グフフ……って、なーんだ。スピカの胸、小さいね。ちょっとがっかりかな」
普通は口に出しちゃいけないが、小さいというのは本音だ。まだまだ体は子供で発展途上なのかもしれない。
「……う、うううー……」
スピカの顔が見る見る赤くなる。いいぞ。これで少しは本音が聞けるはずだ。
「ごめんなさい……!」
「え?」
彼女の発言にはさすがに耳を疑った。
「せっかく期待していただいたのに、小さくてごめんなさい……!」
「……」
無理をしてるんだ、この子は。いくらなんでもこれは不自然だ……。
「わたくし、修行してまいります! 探さないでくださいっ!」
「え……」
スピカが物凄い勢いで部屋から飛び出していった。
……あれだな。さすがにこれ以上演じ続けるのは無理があると思って出ていったんだろう。そこまでして俺をからかおうとするのもどうなのかと。
さて、部屋に戻るか。ここは綺麗だが、いかにも女の子の部屋って感じでどうも落ち着かないしな。
「――ただいまー!」
「あ……」
この声は……ルシアだ。買い物から帰ってきたのか。
「スピカ、帰ったよー」
「あふぅ。疲れたのぉ……」
バニルとミルウの声もする。まずいな。このままだとスピカの部屋で鉢合わせしてしまって変な誤解を生みそうだ。
とりあえずここから離れなくては……。俺は廊下に出ると、すぐ横にある部屋に入った。
ふう……って、ここなんだと思ったらお風呂じゃないか。ってことは、まさか……。
「ミルウ、先にお風呂入るぅ!」
あああ、出ようとしたが足音が近付いてくるし遅かった。
おいおい、なんてこった。こんなところにいたら絶対覗きが目的だって思われる。それも仲間じゃなく人柱に過ぎない俺がこんなことをしたら、それこそ終わりだ。見付かれば即処刑されてもおかしくない……。
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