22.赤の世界
「この窪みにどの指で触れるかで、見たい情報が切り替えられるのよ」
「へえ……この丸く凹んだところだよね」
「そうよ、手を貸しなさい!」
「いや、それくらい自分でやれるって……!」
試しにまず親指でその部分に触れてみたら、バニルが言ってた通り【変換】という固有能力とその説明だけ表示されていて、もちろんランクは何も覚えてないので底辺のFだった。
稀に基本スキルを習得した時点で、熟練度とか関係なくFランクから一気にSランクになる幸運な冒険者もいるらしいが、一体どれだけ凄い効果なんだろうな。
次に人差し指を当てると、着ている服やズボンの種類まで表示された。封印のペンダントの文字が特に目立つ。所持金はもちろんゼロ……って、あれ?
「る、ルシア、俺の所持金が1000ゴーストもあるんだけど、石板が間違ってるんだよね?」
「ん、それはあたしがプレゼントしたのよ? 受け取りなさいよね!」
「あ、そうだったのか。ありがとう……」
どこに入れられたのかと思って自分の服をまさぐったら、ズボンのポケットに入っていた。多分、いつの間にかルシアに操られて受け取り、自分で入れたんだろう。これでまた借りが増えちゃったな。頑張らないと……。
「しかし凄い情報量だな……」
「でしょー」
今度は中指を当てたら自分のステータスが浮かび上がってきて、本当に細かく載ってて驚かされる。身長とか体重まであって数値の横にランクまで表示されていた。最下位がFでSSSが頂点のようだ。ちなみに俺は中背中肉だからか身長も体重もCだった。
続いて薬指で触れてみると、俺が取得してる色んな資格についてや故郷の村イラルサの学校の卒業についてまで記されていた。こんな情報まで載っちゃうんだな。
そこには7歳から15歳くらいまで在籍してたが、正直あまりいい思い出はない。よくラキルとつるんでたせいかいじめられるようなことはあまりなかったが、思えばあの頃から俺は陰で笑われてたんだろう。オモチャのセクトとして……。
「ちょっと、セクト、どうしたの。顔が赤いわよ?」
「い、いや。なんでもないよ」
前のめりになったルシアが覗き込んできて、俺は透かさず石板を抱くようにして隠した。彼女が不満そうに頬杖を突くのを見届けて、最後に小指で触れてみると、所属パーティー『インフィニティブルー』と表示されていた。ランクはなんとBだ。現在位置とか季節、時間帯も表示されてる。
「あれ……」
「どうしたの?」
「いや、なんかやり取りをした覚えもないのにもうパーティーに所属したことになってるんだなって」
「そんなの当然よ。パーティーの一員として受け入れる姿勢させ見せれば、十人の定員オーバーじゃなきゃ認識されるわ」
「そうなのか――」
「――ふむふむ、なるほどー」
「なるほどですねぇ」
「にゃるほどぉ」
「あ……」
聞き覚えのある声がしたと思って振り返ると、フードを被った三人が俺の背後に立っていて、逃げるように隅のテーブルのほうへと小走りに去っていった。確かに今の声、バニル、スピカ、ミルウのものだったような。
「もー、あいつらあたしに負けたくせにデートの邪魔をする気ね!」
「……」
ルシアの不機嫌な様子を見てると、もう確定だな……。
「――おい、お前らそこどけよ!」
「どきなってんだよ!」
「「へ……?」」
突然やってきた男女の二人組が俺たちを威嚇してきた。
男のほうは緑色の短髪、肌の上に直接着た黒いベスト、青い炎のペンダントが特徴で、もう一人は胸元が靴紐状になった開放的な服装をした、紫色のサイドポニーが豊かな谷間を抉る色っぽい女だった。
なんなんだ。ここはこいつらの縄張りか?
「な、何よ……あ……」
ルシアの声には驚きの成分がかなり含まれていると感じた。知っているやつらなのかもしれない。いかにもならず者といった感じだが、ルベックのような異次元の迫力は伝わってこなかった。
「おい、聞こえなかったのか!?」
「そこはあたいらの場所だってんだよ! 痛い思いしたくなかったらさっさとどきな……って、ワドル、こいつらあれだよ」
「あれじゃわからねえよネリス」
「ほら、耳貸しな!」
なんだ? 女のほうが男に耳打ちしたかと思うと、まもなく二人の顔に気持ち悪い笑みが浮かんだ。思いっ切り口をひん曲げて嘲笑しているのがわかる。
「なんだよ。よく見たらインブルの一人がいるじゃん」
「あははっ。インブルっていったらさ、衰えた元英雄さんの恩恵を受けてるだけのあの雑魚パーティーだよねえ」
「え……」
インブルって一瞬なんのことかと思ったけど、すぐにわかった。うちのパーティー『インフィニティブルー』を略してるっぽいな。そこそこ有名らしい。元英雄っていうのは多分リーダーのベリテスのことなんだろう。
「あんたたち……黙ってればいい気になって……!」
ルシアが涙目で声を震わせている。もしかしたら、彼女がギルドの前で緊張してたのって、こいつらに遭遇するかもしれないって思ってたからかもな。
「なんだ? やんのか雑魚!」
「やるんならあたいらが相手になるってんだよ! そのお連れさんごと、ね」
「雑魚雑魚うるさいわよ。その雑魚に劣るC級パーティーのくせに……!」
「あ? おい、今なんつったよ!」
「そこまで言うんなら、当然覚悟はできてるんだろうね!?」
「……」
おいおい……あいつらの顔が見る見る赤くなってきてる。
「お、どうした?」
「喧嘩か!?」
「やれやれっ!」
何かが起きそうな空気を察したのか、周りから続々と人が集まってきた。とても嫌な空気だ。俺は崖の上でリンチされたあのときを思い出しそうになって、胸がズキズキと痛み始めた……。
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