23.注がれる毒素
「うっ……」
俺は気付けば胸を押さえて座り込んでいた。頭痛に加えて耳鳴りがしてくる。さらにめまいにまで襲われ、封印のペンダントが二重にも三重にも見える始末。
「セクト!?」
はっとした顔で立ち上がらせようとしてきたルシアの手を、俺は振り払った。
「だ、大丈夫だから……」
ここであの惨劇を思い出すわけにはいかない。無心でいくんだ……。
「む、無理しちゃダメなんだからねっ!」
「……へっ。そいつはなんだよ。インブルの新入りか? 早速俺たちの威圧感を前にブルっちまってるようだが」
「とんだヘタレだねぇ。ま、雑魚パーティーのインブルにはお似合いじゃないのかい? あははっ!」
ゲラゲラと下卑た笑い声が降りかかってくる。
「おい、こら。ちょっと面貸せ!」
「何をするのよ!」
緑色の髪の男が俺の胸ぐらを掴んで無理矢理起き上がらせてきた。
「……ひっ」
びびったのは俺じゃなくて目の前の男のほうだった。憶測でなく、明らかに怯えた顔で俺を見ているのがわかった。
「ど、どうしたんだい、ワドル」
「な、なんだこいつ。普通じゃねえ……」
「何言ってんのさ。確かにこいつの見た目は普通じゃないけど、それがなんだっていうんだい!」
「そんなんじゃねえ。違うんだネリス。こいつはもっと……何か根本的なものが違う……」
「……」
俺もほんの一瞬だけは、このネリスとかいう女の言ったように欠損の部分でこの男が気後れしたんだと思った。でも、そんな怯え方じゃないのはすぐにわかった。こいつは、俺が狂戦士症であることを少し感じ取ったのかもしれない。
「セクト、あたしの後ろでじっとしてて!」
ルシアが《操作》したのか、ワドルという男の手はいつの間にか俺の胸ぐらから離れていて、俺は彼女の後ろで座る形になっていた。
「ど、どうするのさ、ワドル。こんなやつらにびびっちまうなんて、らしくないじゃないか……」
「……と、とにかくクロードもランディもいないし一旦退くぞ」
「ちっ……覚えてな!」
二人組が椅子を蹴とばし、野次馬を散らしながらギルドから走り去っていく。忌々しいはずの狂戦士症が役に立ったな。今のところデメリットばかりなんだし、いいこともないと報われない……。
「バーカ! そっちこそ覚えてなさい!」
ルシアが目元をめくって舌を出している。周りに集まってきていた野次馬も、期待外れだったのかほとんど元の場所に戻っていった。
「……セクト、まあまあ格好良かったわよ」
「え?」
「なんていうか、殺気が出てたわ! 正直ちょっと怖いくらいだった……」
「……」
ルシアも俺から何かを感じ取っていたのか。そういや俺が手を振り払ったとき、いつも強引なはずの彼女がしばらく呆然としてたしな。
「……ういー。いやあ、あんたすげーな。あのワドルを追っ払うなんてよー」
数少なくなった野次馬の一人が近寄ってくる。既に足元も覚束なくなってる髭面のおっさんだ。
「な、なんなのよあんた! 酒臭いから寄らないでよ!」
「んだよ。少しくらいいいじゃねーか。このあんちゃん、どんな能力か知らんがうちのパーティーにくれねえか?」
「ちょっと! セクトはあたしのなんだから盗らないでよ!」
「うおっ!?」
おっさんの足が不自然に絡まって転んでしまった。多分、ルシアに《操作》されたな……。
「隙あり!」
「「あ……」」
俺とルシアの声が被る。いつの間にか、フードを脱いだバニルがしたり顔で隣に立ってて腕を組んできた。いつの間に……。
「セクトは私のだよー」
「な、何よバニル、約束が違うでしょ!」
「いいえ、わたくしのですよー」
「……」
スピカの声がしたと思ったら微笑みながら隣にいて、今度は左手を握ってきた。
「あふっ。ミルウのだもん!」
背後から拗ねたミルウの声がして足に抱き付かれる。というかこれじゃ歩けない……。
「もうっ! みんないい加減にしてよ!」
正面から怒った顔のルシアに抱き付かれて、俺はいよいよ身動きすらほぼできない状況になってしまった。
「そこの野郎、ハーレムかよ!」
「いいぞ! もっとやれ!」
「争え……もっと争え……」
「「「わははっ!」」」
すっかりできあがった酔っ払いたちが集まってきて冷やかしてくるし、俺は恥ずかしさのあまり精神までおかしくなりそうだった。
「……」
ん? なんか今、どこからか肌に刺さるような視線を感じたような。それでもすぐに収まったし、気のせいだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます