21.初めての感触


「この子の登録、お願いね!」


「はあいっ、承知いたしましたー」


「……」


「ほら、セクト。みっともないからきょろきょろしないの!」


「う、うん」


「ふふっ……」


 ギルド受付の女性に微笑まれて、穴があったら入りたい心境になる。ルシアは手だって放してくれないし、なんか俺って彼女の弟みたいな存在に思えてむず痒くなってくるんだ。


「あ、ルシア。冒険者の登録ってお金いるんだっけ? 俺まったくないんだけど……」


「そんなのあたしが払うから問題ないわよ!」


「あ、ありが――」


「お礼なんていらないっ」


「う……?」


 あれ? 急に口が塞がって最後まで言いきれなかった。


 ……多分、《操作》されたんだと思う。黙って受け入れろってことか。ここまでしてくれるなんて、これも俺に対する期待の表れだろうな。正直重圧はあるが頑張らないといけない。


「――では、新規の冒険者様に登録証をお渡ししますね。頑張ってくださいっ」


「ど、どうもっ」


 受付嬢から登録証の石板を受け取った。重そうに見えたが異常に軽い。色合いが若干青みがかった薄い灰色で、全部魔鉱石の一種である陰陽石で作られてるものだと聞いたことがある。


 触れると光を発して、人の内面を文字として映し出せるらしい。ルベックが冒険者から奪い取って自慢してきたのは覚えてるが、実際に触ったのはこれが初めてだった。


「お代はこれでお願いするわ。お釣りはいらないからチップにしといて」


「はーい。ありがとですっ」


 ルシアが腰に下げた小さな袋から、蜘蛛が刻印された1000ゴーストの硬貨を一つ取り出す。


 ちらっと見えたんだが、同じものが結構入ってたな。しかも釣り銭もいらないなんて、『インフィニティブルー』がいかに儲けてるかよくわかる。中級者のパーティーなんだし当然か。


 俺も相当頑張らないと、いずれ相手にもされなくなって、カルバネたちみたいにどん底で怨嗟の声を吐き続けることになりそうだ。


「ルシア、必ず返すよ」


「へ? いいわよこれくらい。それより、そのボロボロの服や靴も買い替える必要があるわ!」


「いや、いいって――」


「――くすっ……」


「……」


 俺たちのやり取りが面白かったのか、受付嬢から笑われてしまった。


「な、何よっ!」


「し、失礼しました。説明はどうされますか?」


「この子の世話はあたしがするから大丈夫!」


「はあいっ。しっかり面倒見てあげてくださいねえ」


「……」


 な、なんか俺って弟どころかとても小さな子みたいな扱いだな……。


「ほら、行くわよ!」


「あっ……!」


 ルシアに引っ張られて、中央のテーブルで彼女と向かい合う形で座ることになった。なんか目立つなここ。みんな俺の挙動不審な様子が気になるらしく、視線が集まってくるのを感じて落ち着かない。


「ほらセクト、そわそわしないの。あの、そこのスタッフさん。オレンジジュース一つお願いね!」


「――お待たせしました、ごゆっくりどうぞー」


 少し経ってスタッフがオレンジジュースを持ってきたわけだが、これを添えられた二本の大麦の茎でルシアと飲み合うことになった。


「え、これを二人で?」


「そうよ!」


 なんだかデートみたいな……いや、どう見てもこれはカップルだ。そう思うと緊張してきた……。


「「……」」


 うーむ、かなり恥ずかしいなこれは……ん? 視線を適当に泳がせてたら、ルシアが不満そうにストローから口を外すのがわかった。


「ちょっとっ、セクト、余所見しないであたしだけ見つめなさいよ!」


「えぇっ……」


 ルシアからまたしても無理な注文をされてしまう。ちらっと受付嬢のほうを確認したら、やっぱり微笑ましそうにこっちを見ていた。ルシアに横目で睨まれてそっぽを向いたが。


 完全にデートの空気だし、このままじゃ精神が持たないから何か話題を変えねば……って、あれがあるじゃないか。


「こ、この石板さ、何も書かれてないんだけど……?」


「そりゃそうよ。適当に触っただけじゃ認証されないように作られてるんだから。横に窪みがあるから、そこに指を乗せてみて」


「……こう?」


 丸く凹んだ部分に人差し指を当てると、石板全体が淡い光を帯びて文字が猛スピードで刻まれ始めた。なるほど、ほかの個所はコーティングかなんかされてて、この部分を触れば文字が浮き出るようになってるんだな。

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