20.忍び寄る郷愁
「……はぁ、はぁ。も、もう疲れたよ、ルシア……」
「もー、セクト、しっかりしなさい。男の子でしょ!」
「す、少しは休もうよ……」
「ダーメ!」
「……はあ」
ルシアって普通の女の子のようでスタミナは無尽蔵だな。ここまでほとんど走りっぱなしだっていうのに、さすがはレギュラー陣の一人なだけあって疲れる素振りすらないんだ。
「おおっ……」
町の中心部に入り、感動のあまり思わず声が出る。湖畔の町というよりは晩秋の山林に囲まれた町といった様相で、紅と緑が混ざる華やかな景色や豊富な商店街の出し物に視線を奪われることもしばしばあった。
故郷の村イラルサとは規模がまったく違う。人や店の多さが段違いで、どこを見ても人まみれで歩道だけでなく階段の両脇にも多くの品物が所狭しと並んでいるほどだった。
「どう、セクト。いいところでしょ!」
「う、うん……」
故郷の祭りを思い出すなあ。樹齢1000年以上の神仙樹付近で、初春の一月に行われる賢者イラルサ生誕祭のときよりも賑わいがあって驚かされる。使われなくなった物がタダ同然で出品されるから楽しみだったんだ。ここは値が張りそうだが。
「セクト、どうしたのよ、さっきからきょろきょろしちゃって落ち着きがないわね。何か見たいものでもあるの?」
「ちょ、ちょっとね」
「男の子なら、女の子のパ……パンツが見たいって言うのが普通でしょ!?」
「えっ……」
本当にそれが普通なんだろうか――
「――いたっ」
「こいつ! 気いつけろや!」
「ご、ごめん……」
誰かの肩に俺の肩がぶつかって怒鳴られてしまった。時間帯のせいもあるんだろうが、ただでさえ多いのに人がどんどん増えてる感じだ。
「何よあいつ! セクトもあんなやつに謝らなくていいのにっ。さ、こっちを通りましょ!」
混雑してるせいで中々先に進めない状況、ルシアが俺の手を引っ張って路地裏に入っていく。
「る、ルシア、狭いって……!」
「我慢しなさい! 男の子でしょ!」
「うぅ……」
ルシアが入り込んだ道はなんとも狭くて、小柄なルシアはいいが俺はなんとかぎりぎり通れるレベルだったが、そんなところでスピードを出せば肩やら肘やらが摩擦するので、どうしても横向きになってしまうのだ。
こうなるといつ転んで引き摺られてもおかしくない状況なわけで、俺は精神まで削られるような感覚だった……。
「――着いたわっ! あれよ!」
片手を腰にやったルシアが指差す先には、巨大な船を改造したかのような壮大な建物があった。あれが冒険者ギルドなんだ……。
背後には湖も見えるし、より船を意識させるような構造になっているのがわかる。甲板の支柱には帆のように掲げられたフラッグが幾つもあり、先端に八の字に垂れ下がった両翼のある杖のような形をした塔が描かれていた。
あれは確か、吟遊詩人にも歌われている伝説の『最後の塔』だ。
遥か昔、神がダンジョン好きな人類のために作ったとされる塔だが、誰もがまったく歯が立たなかったために落胆し、塔とともに姿を消したという。全ての迷宮を攻略せし者――ダンジョンマスター――が現れたとき、神が人類の力を試すべく、再び自身とともに塔を出現させると云われている。
ん? あれだけ元気いっぱいだったルシアが、ギルドを見て若干緊張した顔になってる。俺みたいに初めて来た場所でもないだろうに、どうしたんだろう。体調が優れないんだろうか。
「ルシア? 具合でも悪いのか?」
「な、なんでもないわよ。どうせ、セクトはあたしがエッチなことでも考えてるって思ってたんでしょ? ふん!」
「は、はは……」
なんでそうなるかな。気のせいだったのか、元に戻ったルシアに連れられてギルドの中に入っていく。室内は人が多い上に薄暗くてスモークや酒の臭いが充満していたが、とても広いせいかそこまで不快感はなかった。
むしろそれ以上に緊張感とか高揚感みたいなものが漂ってて、初心者じゃないルシアでも緊張するのはわかる気がした。
故郷のイラルサにもこういう溜まり場はあったが、たまにならず者が集まってくるくらいで過疎ってたからな。だからこそ、俺みたいなコミュ障でもパーティーに入れたってのがあるが。オモチャとして。
「ぐぐっ……」
「セクト? どうしたの?」
「……いや、なんでもない……」
「トイレならついていってあげてもいいわよ!」
「ついてくるなっ!」
この封印のペンダントがあって本当によかった。過去のことを少し思い出すだけで胸が苦しくなるものの大暴れせずに済むんだから。これがなかったらそれこそとんでもないことになる。
ここで暴れて死人が多く出るようなことになった場合、余程のことでない限り動かない教会兵たちも出張してくるはず。彼らは寛容に見えて、一度目をつけられたら終わりだと言われるくらい精鋭揃いなんだ。
そのため、どんなならず者であっても町中で立て続けに暴れ回るようなことはほとんどないそうだ。あの赤い稲妻のルベックやクールデビルのラキルも、喧嘩の強さで近隣では結構知られた存在ではあったが、村の中で必要以上に暴れるようなことはしなかった。
そう考えると、俺はバニルたちのおかげで生きていられるんだと改めて感じる。このペンダント代をなるべく早く返せるよう、頑張ってお金を貯めないとな。ギルドに登録するのはその近道だ。
カルバネはガキの使いとか言ってたけど、イラルサでやれる仕事なんて山菜、魔鉱石、薬草集めとか単調できついものばかりで報酬も僅か50ゴーストとかだったから、この規模でそれ以下というのはさすがになさそうだしな。
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