14.優しさの底で淀むもの
「……あ……!」
寒いと思ってベッド上で起き上がると、俺の横で誰かが毛布に包まっていた。一瞬びっくりしたが……多分バニルだろうな。
「……ごくり」
そうだ、嫌われてもいいっていう覚悟を示すんだったら、ここで形だけでも襲うべきじゃないか?
もちろん最後までやるつもりはないが、バニルも迂闊だったと反省するはず。舐められっぱなしは俺としても嫌だからな。彼女は覚悟の上で俺の横にいるんだろうし、おそらく今回も裸でいるんだと思う。
「バニル――」
心臓が高鳴る中で迷いを振り払うべく、毛布を勢いよく剥ぎ取ろうとしたものの、バニルが掴んでるのか半分ほどしか捲れなかった。
「――んっ……」
「……あ、あれ?」
やたらと筋肉質な体だと思って、目を擦って改めてよく見たら、上半身裸のマッチョな女……いや、どう見ても男だった。亜麻色の長めの髪に騙されかけたが、胸毛と顎鬚をたっぷりと生やしていた。
「愛してるぜ、ベイベー……」
上体を起こしたものの、男は寝ぼけてるらしくて目を半開きにして俺に抱き付いてくる。滅茶苦茶酒臭い。一体誰なんだよこの男……って、もしかしてこの状況、かなりやばいんじゃ……?
「ちゅーしようぜ――」
「――〇×△□#っ!」
パーティー『インフィニティブルー』の宿舎の外で、俺はスピカが修繕してくれた服に着替えて自分の荷物を背負い、バニルたちに見送られる形になっていた。
「ごめん、セクト。まさかこんなに早くリーダーが帰ってくるなんて思わなくて……」
「いいよ、バニル。気にしないでくれ」
ベッドで俺に抱き付いてきた男はパーティーリーダーのベリテスといって、あの部屋は彼のものだった。
みんなベリテスの帰還に気付くことなく、彼も俺がいるのを知らずにそのまま倒れるようにして寝ていたらしい。なんでも、ダンジョンが開く三日前くらいに帰ってくる予定が、何かの気まぐれで一週間以上も前倒しになったという。
俺はこれからこの宿舎を出ることになったんだが、勝手にベリテスの部屋を利用していたから追放されるわけじゃなくて、このパーティーのルールに則って補欠組の宿舎に回されるだけだった。
それに則れば、パーティーでレギュラーとしていられるのは5人だけなので事実上の左遷だが、いずれはそうなる予定だったんだし正直ほっとしてる。
確かにみんなといるのは楽しかったが、その分失うことの怖さに追われるからだ。俺はそれを一度実感しているだけに余計に恐ろしかった。この日常がいつか壊れるんじゃないかと思うと怖くてしかたなかった。
意図的でなくても、何かの拍子で封印のペンダントが外れてしまってみんなに襲い掛かるなんてこともあるかもしれないわけだしな。何より、みんなの優しさは俺にとって毒になっていた。疑うことがあほらしくなるほど、裸の心で接してくれたから……。
「あ、あんたなんかいなくなっても、ちっとも寂しくなんかないんだから……」
「……」
ルシアが言葉とは裏腹に泣いてて目のやり場に困る。
「また戻ってくるよ」
「約束破ったら許さないんだから……!」
「うん。覚悟しとくよ」
いつか戻れたらいいけど、そうじゃないときは忘れてくれることを願うしかない。思い出に縛られると不幸になるから、今を大事にするべきだ。
「ルシアさんから貰い泣きしそうです。セクトさん、また戻ってきてくださいね。お部屋をピカピカにしてお待ちしてます」
涙を浮かべつつ、スピカが笑顔を向けてくる。
「うん。てかスピカ、あそこはリーダーの部屋じゃ……」
「あの方はほとんどいませんから、あそこはセクトさんの部屋ですよぉ。わたくしが今決めました」
「……そ、そうなのか……」
「はいっ」
濁りのまったくない笑顔。少しだけスピカから狂気を感じる。
「浮気はしませんから、安心してくださいねえ」
「えっ……」
しかも最後の台詞で若干気まずくなったんだけども。
「あふっ……セクトお兄ちゃん、ミルウに手を出しておいて……ぶー……」
「……み、ミルウ……それは……」
実際に手を出してしまっただけに、頬を膨らませたミルウの台詞には肝を冷やした。
「むー……セクトって、実は遊び人……?」
「バニル……」
「大丈夫! 私信じてるよ、セクト……」
「……うっ……」
「ふふっ。可愛いんだからー」
「……」
バニルの悪戯な笑顔が一番こたえるな。つい顔を背けてしまう。
――出発してからしばらくして、何度振り返ってもずっと宿舎の前に立ってるみんなを見て、俺は熱いものが込み上げてきそうだった。
バニルも言ってたが、人を信じるってことは愚かなことのように見えて実はとても大切なことなのかもしれない。こっぴどく裏切られたからこそ、余計に。これだけ俺のことを心配してくれるみんなのためにも頑張らなくっちゃな……。
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