15.蘇る面影
「……はぁ、はぁ……」
俺はバニルたちから渡された地図を手に、紅く色づき始めた森の中を歩いていたが疲れが限界に達したので立ち止まった。まだ着かないんだろうか。あれから結構な距離を移動したように思うし、地図を見てもそろそろ到着してもおかしくないはずだが――
『――キュウゥーッ!』
「うっ……!?」
人の悲鳴のような鳥の鳴き声がして心臓が止まるかと思う。
確かあの鳥は伝書鳩に使われる金切り鳩で、手紙が届いたことを知らせるためにああいう鳴き声を発するんだっけか。ってことは、目的地はこの辺にあるってことかな?
「……」
俺は方向を見失わないよう、周辺を慎重に見回していく。
補欠組の宿舎は森の奥地にあるというだけあって、辺りはかなり暗くて不気味だった。あえて町の近くでなくこんな辺鄙な場所にあるのは修行の意味合いが強いんだろうが、まだ未熟な自分にはちょうどいいかもしれない。いざ失ってみるとレギュラー陣が奏でるあの賑やかさが恋しくもなるけど。
――おっ……木々の合間に蔦を纏った建物があるのが見えた。
なんていうか、みすぼらしいし小さいなあ。簡易で少し大きめの納屋といった印象だ。あそこが俺の新しい住居なのか。左遷先としては相応しい感じなのかな。
恐る恐る近付いていくと、所々破損した腰丈ほどの柵で囲まれているのがわかる。雑草だらけの庭には、真っ赤に錆びた斧やキノコ群を生やした薪が無造作に置かれていた。桶に入った水は酷く濁っていて異臭を放っている。
「――おーい! 誰かー!」
大声を上げてしばらく待つも、誰も出てこない。自分の声が反響するだけだ。何度も地図を確認したが、目印として記された螺旋樹――大蛇が巻き付いてるかのようなバカでかい木――も近くにあるしここで間違いないはず。四人いるって聞いたが、留守なんだろうか。
「あのー……」
ん? 後ろに誰かいるような気がして振り返ると、灰褐色の壁があるだけだった。なんだ……って、こんなところに壁なんかあったっけ。緊張で視野が狭くなってたのか見過ごしてたみたいだな。作りかけの建物の一部だろうか。
「……あっ……」
誰かが帰ってくるまで宿舎で待とうと近付いたら、何か踏んだ感触とともに足が滑って転んでしまった。
「いてて……」
なんだ、足元にバナナの皮がある。こんなところに高価で珍しい果物が都合よくあって、しかも踏んで滑って転んでしまうとはなんという不運……。
「「「ククッ……」」」
ん? なんか複数の押し殺すような笑い声が聞こえたような気がして周囲を見回したが、誰もいなかった。
「上を見ろ! 化け物だ!」
「え……?」
誰かの声がして上を見ると、大きな黒い球体に赤い目玉のついた化け物が俺を見下ろしていた。
「な、な……?」
ダンジョンならともかく、こんな化け物がここにいるはずもない。だが、紛れもなくこれは……って、あれ。俺が後退りしていくうちに消えた……。
「「「ププッ……」」」
またしても複数の笑い声がして周囲を見渡すと、庭の入り口で三人の男が薄笑いを浮かべながら立っていた。もしかしたらあれが補欠組の連中なんだろうか。四人いると聞いてたから一人足りないが……。
「よく来たな、新入り! おもしれーの見せてもらったぞお!」
そのうちの一人が口を開く。
くすんだ赤い髪をした筋肉質の小柄な男で、ぴちっとしたヒョウ柄の服と腰布が目立っている。無駄に鍛え込んでいて、筋肉を見せつけようとしてるところがオランドに似ている。
「いやー、最高でしたよ。間抜けすぎて、笑いを堪えるのに必死でした……」
襟を立てた薄手のコートにタイツ姿の男が空色の髪を掻き上げる。キザっぽい仕草の割りに全然美形じゃないが、全体的な雰囲気がラキルそっくりだ。
「……ククッ……哀れ……」
見るからにだらしない格好――ぼさぼさの灰褐色の髪、裾がやたらと長くやつれた服、緩やかなベルト、よれよれのズボン――の長身の男が暗い笑みを浮かべる。隠しきれない陰気な雰囲気がグレスのやつに酷似していた。
「……オ、オランド、ラキル、グレスウゥ……」
「「「あ?」」」
胸元が激しく痛む。違う。こいつらじゃない。なのに……。そうか、これが狂戦士症を抑える封印のペンダントの副作用なのか……。
確か、トラウマが蘇ると痛みが走るとバニルに説明された。このペンダントがなければ、俺は間違いなくやつらに襲い掛かっていたはずだ。
「どうした、こいつ! 腰でも抜かしたのかあ!?」
「ひ弱すぎますよ……」
「……アホだ……」
「ぐぐっ……」
笑い声が上がる中、俺は痛みが我慢できずにその場にしゃがみこんでしまった。このペンダントを外せば楽になれそうだが、それだけはダメだ。バニルたちを裏切ることになる……。
「おいお前ら、あまり新入りをいじめるな」
なんだ? 背後から声が聞こえてきたので振り返ると、宿舎入口の横にある窓に骨だけの白い顔が浮かんでいた……。
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