8.導き出した答え
「大丈夫だって、バニル。俺、怪我が治るまではここに残るから」
「うん……セクト、約束だよ?」
「もちろん」
そうバニルと約束したあと、俺が寝た振りをしたことで安心したのか、やがて彼女が部屋から立ち去っていくのが扉の開閉する音でわかった。毛布をそっと被せられてくすぐったかったが。
「……」
やるぞ、やってやる……。
今日から俺は生まれ変わるんだ。空気のような毒にも薬にもならないお人よしから、嫌われてもいい存在感のある男に。
もちろん、怪我がある程度治るまではここに残らせてもらう予定だが、完治するまで居座るつもりはない。それまでは家事手伝いでもして、もう大丈夫だと思ったら基本的に一人で生きながら、少しずつお金を貯めて返していこうと思う。
とはいえ10000ゴーストだから、返済に一体何年かかるのか見当もつかないが……。
それでも、嫌われてもいいからって逃げるという選択肢を取るのは小物っぽいからなんとしても避けたい。俺は嫌われてもいいが義理は果たしたいっていう性格なんだ。顔すら思い出したくもないが、そういうところは学者の頑固な親父に似てるのかもしれない。
「――失礼しますねえ」
「あ……」
しばらくしてドアがノックされた。ほわっとした女の子の声だがバニルじゃないのはわかる。もうそろそろ起きてリバビリでもしようかと思ってたが、このまま寝たふりを続行するとしよう。
「ここを担当するように頼まれたので参りました、スピカと申しますー」
「……」
明るい声とともに誰か入ってくるのがわかる。まあこのままじっとしてれば寝てると思ってすぐ出ていくだろう。
「わあ、男の方でしたか……」
「……」
「この宿舎に男の方が来るなんて珍しいです……」
なんか一人でずっと喋ってるな、この子。男がそんなに珍しいのか? 女の子しかいないパーティーなんだろうか。
「匂いを嗅いでもよろしいでしょうか……」
「……っ!」
おいおい、なんでそうなる。
「……すんすん、すんすん……」
なんか圧力をガンガン感じる。すぐ近くで本当に匂いを嗅いでるっぽい。動物かよ。
「男の方独特のにほひ……」
いかん、もう我慢の限界だ。
「ちょっと、あんた――」
「――わっ……」
俺が上体を起こしたとき、ベッドの下ではメイド服――濃紺のワンピースと白いエプロン――を着た青い長髪の子が座り込んでいた。尻餅をついたときに裾が大きくめくれたのか白いパンツが丸見えだ。
「ま、丸見え……パンツ……」
「……え、え……はい……」
「はいじゃないだろ、隠せ!」
「はいっ!」
「……」
このスピカっていう子、気が動転しちゃってるんだろうか? 同じ体勢のまま涙目で俺を見上げている。
「お、驚かせちゃってごめんなさいですー……」
逆に謝られてしまった。まー、俺の目指す嫌われ者路線としてはこれでいいんだろうか。
「わ、わかったならもういいよ」
「はーいっ」
笑顔で立ち上がるスピカ。
「……それで、担当ってどういうこと?」
「はい。バニルからこの部屋の掃除を担当するように任されたのです。偉いお客さんが泊っていらっしゃるとは聞きましたが、まさか男の方とは……」
「偉いお客さんって……いやいや、俺はそんなタマじゃないよ。そこまでしてもらっても何も出ない」
バニルのやつ、何を考えてんだか。
「あの……」
「ん?」
「何も出ないご病気でしょうか……」
「……」
なんか変な子だな、って今更か。
「スピカってパーティーメンバーの一人だよね?」
「ですよー」
爽やかな笑みを向けられてなんとも複雑な心境になる。メンバーの一人に専用のメイドみたいなことをさせるなんて、いくら怪我人の介護とはいえ申し訳ない気分になるな。
……って、待てよ? 俺ははっとなった。
もしかして、バニルはなんらかの方法で俺の固有能力を知ったんじゃ? それが凄い能力だったから、こうして不自然なまでに手厚く歓迎してると。そう考えると合点がいく。よし、こっちから探ってみるか。
「なあ、ここって固有能力を知ることができる人とかいるんだよね?」
「あ、バニルさんのことですね。はい。彼女の得意技ですよー」
やはりそうか。それでも、俺はもう他人と深く関わりたくはないんだ。
「ふんふんふん♪」
スピカが鼻歌交じりに部屋を歩くだけで、その周辺が綺麗になってるのは気のせいだろうか。
それにしてもなんとも無防備な子だな。まさか、俺に対する接待? この子と既成事実を作らせようとか。その時点で体格のいい男が飛び出してきて、俺にパーティーの一員になれと脅してくるんだろう。
バーカ、誰がその手に乗るもんか。
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