7.狂気に至る病
俺が淡々と話をしているとき、バニルの目元に光るものが見えた。俺が可哀想だからなのかはわからないけど、しきりに込み上げてくるものを拭ってる様子だった。
「そんな辛いことがあったんだね……。私、どうしてセクトが生還できたのかわかった気がしたよ。きっと神様が助けてくれたんだと思う……」
「……そうなのかな。俺をもっと苦しめるためじゃ?」
「違うよ。仲間から裏切られて崖から落とされても、それでも夢なんだって仲間を信じようとしたセクトを神様が死なせるわけ、ない……」
「……」
なんでこの子がボロボロ泣いてるんだ? 見ず知らずの他人のためにこうも泣けるものなのか。
「な、なんで泣くんだ?」
「なんでって、悲しいから……」
「悪いけど……信じたのなんてほんの一時だけで、今の俺はもう誰も信じられないくらい濁ってるんだ。だからなんで泣くのかわからなくて……」
「当然だよ。そんなことがあったんだから。でも、濁ってるんじゃなくて心がそれ以上傷つくのを恐れて少し引っ込んじゃっただけだと思う。それに、これからは私がセクトをサポートするから――」
「――ちょっと待ってくれ」
「え?」
「いや、なんでバニルが俺をサポートするんだ? 助けてくれたことのお礼はいずれするつもりだけど、それ以上は恩を返せそうにない。今すぐにでもここから出ていかないと……」
そこで俺ははっとなった。そうか、俺は多分アレなんだ。今思い出した。
「全然迷惑じゃないよ?」
「そんなはずはない。この部屋を見たらわかる。俺が暴れたんだろ?」
バニルの顔が急に曇るのがわかった。間違いない。俺は……。
「狂戦士症なんだろ?」
狂戦士症は、一度発症すると二度と治らないとされる不治の病で、極度のトラウマと生死を彷徨うような状態からの奇跡の生還が伴ったとき、稀に発症するといわれている。
発現するとしばらく戦闘狂状態になり、己の限界を遥かに超えた力を発揮する最強の戦士になることで知られているが、無差別に周囲にいる生き物を攻撃するため、それを抑える手段がなければ危険人物として生涯孤立して生きていく必要があるらしいのだ。
「よくわかったね」
「小さいときに吟遊詩人から聴いたことがあるから。あのときは怖くて眠れなかったな。まさか、あの伝説の病気に俺がなるなんて……」
「でも、大丈夫。セクトにはそのペンダントがあるから」
「これがあるから……?」
「封印のペンダント。それを首にかけた者の狂気を抑えて大人しくさせる効果があるの。トラウマを思い出すと痛みが起きるデメリットはあるけど、外さない限りは狂戦士にはならないから……」
「そんなものが……って、いくらかかったんだこれ……」
「10000ゴーストするものだよ。中級ダンジョンでも滅多に手に入らないものだから」
「……」
俺は思わず息を呑んだ。中級ダンジョンってことはD~Bランクのダンジョンってことで、5桁のレア装備が出るってことは少なくともCランク以上だろう。このバニルという少女がいかに強いパーティーに所属しているかがわかる。
「これを持ってる人のところに俺が転がり込むなんて、偶然にしてはできすぎてるな」
「ううん。セクトのために買ったんだよ」
「え……」
バニルの言うことが信じられなかった。俺のためにこんな高いものを買っただと?
「なんで俺なんかのために、そんな大金を……。同情なんかせずに、暴れ終わったところで殺せばよかったんだ。払えないよ、すぐには……」
「払わせる気なんてないよ。普段使わないし、貯金はなくなっちゃったけど、また貯めればいいし」
「……いや、何年かかってでも必ず払うよ。払うから、俺をここから出してくれないか? 逃げるかどうか疑うなら、厩舎の柱とかにロープで縛りつけて見張ってもいい。このペンダントを意図的に外す可能性もあるし、俺を自由な状態で置いてたら危険だ」
俺はもう普通じゃないんだ。今のままじゃ、恩人でさえ殺してしまう可能性がある。お礼もできずにそれは悲しすぎる。
「どうして? セクトが意図的に外す可能性なんてないよ」
「なんでそう言い切れる? 俺はあくまでも他人なんだし、狂戦士症になるほどトラウマを抱えた異常者だ。悪意を持てば外すかもしれない」
「外す人がわざわざそんな忠告をするとは思えないよ。セクトが優しい証拠」
「……」
このバニルっていう子、俺と同じくらいお人よしなのかな……って、また信じそうになっちゃってるし本当にバカなんだなあ、俺って……。
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