第44話 私の夢

「ノバーと全く同じ”モノ”……いや、”呪い”を君からは感じている。ノバーは”呪い”を受けて半年後に死んだ。君はどうじゃ?」


「……どうじゃというのは、どういった意味で?」


「ノバーは沢山の人を殺した。罪に対する償いをせずに、逃げ続けていた。だから”罰”を受けたんじゃ。その”罰”とは”呪い”による死じゃ。そもそもとして、何故君は”呪い”を受けたんじゃ?」


「……私は”天使”と会いました。この目でその姿をしっかりと見ました。この口で天使と実際に話しました。天使は私の事を天界が狙っていると言っていました。今思えば、私には受けるべき”罰”があるのだと、認識していています」


「受けるべき”罰”……じゃと?」


「友人からも警告を受けていたのです。私自身もある程度覚悟はしていました。どんな事が起きても受け入れる、と。流石に”罰”が”死”だったと聞いた時は驚きましたが」


「……詮索はせんよ。ただ、君は何かを期待してワシの所へ来たのかもしれんが、ワシはノバーの”呪い”を解く事は出来なかった。ノバーを助ける事が出来なかった。救えなかった。悔しかった。ワシに出来る事は何も無い。迂闊じゃったな。君に不安を与えただけになってしまった。情けないよ」


「いえ、可能性の一つとして、結末を知る事が出来ただけでも良かったです。話してくださりありがとうございました」


「構わんよ。ワシに出来る事は何も無い。結局、どれだけ人類が研究を続けようと、人類を超越した”神”には勝てない。ノバーに呪いをかけた天使からすれば、ワシなんて……本当にちっぽけな存在だったのかと」


「……神に勝てないなんて事はありませんよ。やり方さえ見えてくれば、対抗する”手段”は必ずあるはずです。私はそれを見つけて見せます」


「あひゃひゃひゃひゃっ!若いのぉ!ミズミくん!あひゃひゃひゃひゃっ!そうか……そうじゃな。君はいつだってそうだったよ。悲観的になってるワシが馬鹿だったようじゃ」


「イェナードさんは馬鹿ではありませんよ。天才研究者でたる私が尊敬する研究者の一人なんですから」


「あひゃひゃひゃひゃっ!本当に面白い。あひゃひゃひゃひゃっ!!久しぶりに笑ったわい!あひゃひゃひゃひゃっ!」


 イェナードは笑い続けている。

 だが、私は気づいていた。イェナードはただ笑っているわけでは無い。私に”呪い”の存在を知らせる為に、辛い過去であるはずのノバーの死について語ってくれたのだ。イェナードは陽気そうな性格に見えて、繊細な部分もあった。辛かったはずだ。辛い気持ちを笑いで笑い飛ばしているのだ。私には分かった。


「はぁ……今日は沢山笑って、笑い疲れてしまったわい。ワシはもう寝る事にするよ」


 イェナードはそう言うと、奥の方へ行ってしまった。


 私は自分の腕と足をプラプラと動かしてみる。右腕が少し痛いが、特に異常は無い……はずだ。あの天使が私にかけた”モノ”の正体が、”呪い”である事が分かっただけでも良かった。”呪い”の効果は定かでは無いが、”呪い”は”罰”であり、”呪い”の効果の可能性として、ノバーのように”死”もあり得るわけだ。覚悟はしていたが、現実を突きつけられると、色々考えてしまうな。


「戻るか……」


 私はイェナードの診療所を去り、研究所へ戻る事にした。


 ***


「ふぅ……疲れたなぁ」


 気がつけば、既に辺りは暗くなっていた。表通りは相変わらずの人混みではあるが、冷たい風があり、若干肌寒くなっていた。

 今日は特にツンと体を刺激するような冷たい風だ。


「寒い……な」


 単なる寒いでは無く、体の内側から凍りつくような痛みに近い寒さを私は感じていた。


「まさか、無いとは思いたいが……」


 ***


 しばらく歩くと、ようやく懐かしの研究所が見えてきた。

 私は研究所の中へと入る。


「……?静かだな」


 研究所の中は物音ひとつしない程静かだつた。いつもなら、扉の開閉音でクヨが飛びついてくるのだが。


「ああ!ミズミはかせ!お帰りなさい!私、すっごく心配してたんですよ!お散歩に行くって言ってたのに、こんなに時間がかかるとは思わなかったから……」



 助手が気づいたようで、奥から私の元へ駆け寄ってくる。


「心配かけて済まなかった。クヨはどうした?先に帰したはずだが」


「クヨちゃんなら”じょしゅただいまーー!”って帰ってくるなり、抱きついてきて、”クヨすっごくがんばったんだよ!でもすっごく疲れた!眠たい”って言って、そのままクヨちゃんの部屋で寝ちゃいましたよ。本当にすっごく疲れてたみたいですね」


「そうか……」


 迷いの森で魔獣と遭遇した時にも必要以上の能力ちからを使っていたし、天使との対決の際にも相当な力を使ったのだろう。本来の力を取り戻せていない中で、天下の天界大天使様と戦ったのだからな。


「それで、ミズミ博士。お散歩と言っていたのにクヨちゃんがクタクタになった理由。こんなに帰るのが遅くなった理由を教えて貰えませんか?」


「あははっ……やっぱり聞くか……」


「当たり前です!私すっごく心配してたんですよ!何かあったんじゃ無いかって……ミズミ博士の反応を見るに、私には話せない”何か”があったんですか?


「いやぁ、話せないというか話すべきでは無いのかもしれないというか、別に君に話せない訳じゃ無いんだ。ただ、今君に話した所で、何かが解決する訳でも無いし、むしろ君に不利益が生じる可能性もある。だから言えないと判断した訳で……その……秘密にしたい、君にかくしごとがしたいって訳では無いんだ」


「ミズミ博士、以前にも言いましたが、私の心配をする必要はありません。この先どんな事があっても、ミズミ博士と運命を共にするって私は決めてます。ミズミ博士が困っているのなら、全力で力になりたい。私にやれる事なら何でもします!だから、もっと私を頼って下さい、ミズミ博士!クヨちゃんみたいな世界を滅ぼすようは力はありませんが、ミズミ博士が世界を滅ぼしたいというのなら、私はこの身が朽ち果てるまでお手伝いします!」


 世界を滅ぼす……か。

 私の夢。平和で退屈なこの世界を滅ぼせるほどの圧倒的な力を手に入れる。力さえ手に入れば、世の中の価値観や概念を変える事が出来る。その先に待っているのは、私を満足させる”面白い世界”なのでは無いか?私はそう考えた。魔王軍のような平凡な日常を破壊するような存在が現れれば、もしくは私が魔王のような存在になる事ができれば、世の中を根底から覆す新しい世界がやってくるのでは無いだろうか。それが私の目指す野望、夢。理想の世界の実現だった。下らない幼稚な考えだと思う者もいるかもしれないが、私は本気だった。だから王族に媚びを売ってまで理想を実現する為に必要な環境を手に入れたのだ。助手は私の事を理解してくれた。

 結局のところ、やろうとしている事は、魔王軍と変わらないのかもしれない。何故、世界に魔王軍のような存在が現れたのか。魔王は自身が全てを支配する理想の世界を創り上げようとしていた。後一歩のところまで辿り着いていたのだ。

 私は魔王軍統治時代の歴史書を読む度に、心が躍るような、好奇心が擽られるような思いになっていた。魔王に憧れていた。圧倒的な力が欲しかった。物語に出てくる悪役のような思想だ。


 私は今、”クヨ”を手に入れた。世界を滅ぼせるほどの力を。天界を敵に回す程の力を。

 さて、この先はどうすればいい?

 私は確かにクヨの優しさに惹かれ、クヨとの平和な生活を望んでいたのかもしれない。だが、あの天使は私の思いなど関係なしに私に罰を与えたのだ。

 笑える話だ。どれだけ理想を持とうと、クヨとは違い私は神から見れば非力な存在で、簡単にねじ伏せられてしまうただの人間なのだから。だが、そんな私にもやれる事はあるはずだ。

 ただ、私は……


「ありがとう。君の思いは本当に嬉しいよ。ただ、私にも考えがあるんだ。今回の件は、君には詳しく話す事が出来ない。これは、君にはとっても、私にとっても大切な事なんだ。理解してくれ」


「分かりました。私はミズミ博士の意志を尊重します。今回の件はこれ以上詮索しません」


「そうか……ありがとう」


「ただ、何か困った事があったら、すぐに私に頼って下さいね!私に出来る事なら何でもしますから!」


 助手には助けられてばかりだ。私も何か出来れば良いのだが……


「……」


 私があの時みた夢は、あの天使……ククスが見せた”私の夢”だったのだ。ククスは私が望んでいた世界を見せてくれた。だが、あの世界で助手は……



 あの光景を私は忘れる事が出来ない。ククスは意図的に私に”あの夢”を見せたんだろうが、これが目的だったのではと今になって思った。

 忘れる事出来ない苦痛な記憶。私の抜群な記憶力を活かした一つの罰だ。今も鮮明に覚えてしまっている。一度見た光景は決して、忘れる事が出来ない。

 今も、そしてこれからも。ずっと。

 助手を見る度にあの光景が浮かんでしまう。助手に今回の件を知らせないと決めた理由の一因になっている。



「さあ!夕食にしましょうか!市場で美味しそうな食材を沢山買ってきたんですよ!二人を待っている間に夕食をつくっておきました!思ったよりも遅かったので、ちょっと冷めちゃいましたけど……一緒に食べましょう!勿論クヨちゃんの分は別にとっておきましたよ!」


「ああ……」


 私と助手は夕食を食べる事にした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る