第43話 私と呪い3
ノバーはいつものようにイェナードの朝食をつくっていた。
イェナードが起きてくる時間はいつも決まっていたので、それより前にノバーは起きて、調理場へ行き料理をつくる。イェナードは好き嫌いが無く、何でも食べてくれたので、ノバーにとっては楽だった。
***
ノバーの両親は王都で料亭を経営していた。幼い頃から両親の手伝いをしていたノバーは、料亭を引き継ぐ事を期待されていた。しかし、両親、特に父親との意見違いにより、ノバーは家を去り、一人で暮らす事になる。身寄りの無い若い子供は、ナグナ王国の裏社会に潜む人間にとっては、悪の道へ引き込む絶好の獲物だった。ノバーは行くあても無く、途方に暮れていたのだが、ある男と出会い、人生が変わる事になる。
男は殺しを生業とする人間だった。ノバーのような身寄りない子供に声をかけて、食事と眠る場所を与える。代わりに、自身の仕事の手伝いや、殺しの技術の練習をさせる。このようにして、自分の手足となる存在を育て上げている。殺しの練習をしている事に最初は抵抗があったものの、ノバーには頼るべき人間、居場所が他にいなかったので、男の命にひたすら従い続けた。
ノバー自身には料理の才能では無く、殺しの才能があったようで、男に重宝されるようになった。ノバーは他の仲間よりも可愛がられ、より難しい仕事を与えられるようになった。
ノバーは仕事を次々とこなし、成功させていく。しかし、ある日男が騎士団に捕らえられてしまう事件が発生し、再びノバーは孤独になってしまう。
だが、ノバーには男から教えられた殺しの技術がある。生きていく為には、この技術を使うしか無い。ノバーは男と同じように、殺しを生業として生きていく事を決意した。
***
殺しの技術以外にも、両親から教わった料理のスキルも多少なりとも備わっている。普段から自分の食事は自分で用意していたので、イェナードを満足させる程度の料理をつくる事は出来た。
しばらくすると、眠そうな表情のイェナードが自分の部屋から出てくる。
「ふぁぁぁぁぁ。あひゃあひゃひゃ!おはよう、ノバー」
「イェナードさん、おはようっす。相変わらず凄い笑い方っすね。もう少しで朝飯出来るんで、ちょっと待ってて下さいね」
ノバーは朝食をつくり終えると、イェナードの元へ運ぶ。
「おお!こりゃまた美味そうな肉の塊じゃな!すっごくごちゃごちゃしていて、ぐちゃぐちゃしていて美味そうじゃ!」
「イェナードさんが料理を評価すると、どう聞いてもまずそうに聞こえるのはなんでっすかね。とりあえず食べましょうよ」
もぐもぐもぐ。
「おお!こりゃ美味い!ジャキジャキしてて、ほんのりグワッとした味がして、口の中でぐちゃぐちゃになっていくのが良いわい!」
「だから無理して食レポしなくていいっすから……」
もぐもぐもぐ。
朝食を食べ終わると、ノバーは食器などを片付けて、洗う。
患者がいない時や、イェナードが実験や研究を行わない時は、診療所の掃除や整理をしていた。買い出しに関しては、あまり表に出るのは良くないという事で、イェナードにやって貰っている。時間がある時は、イェナードの部屋にある本棚から適当な本を取り出して読んでいた。両親の家にはあまり本が無かったので、イェナードが持っていた本たちは、ノバーにとってはどれも新鮮なものだった。最低最悪のクズのような人生だとノバーは思っていたが、新しい知識を得る事は、とても面白かった。ノバーが知識を得て、それをイェナードの研究に役立てる事が出来るのなら、イェナードに大きな恩を感じているノバーにとっては恩を返すことが出来るチャンスだった。ノバーが得ようとしている知識は、イェナードにとっては些細なものかもしれない。ただ、少しでもイェナードの役に立つ事が出来るのなら、それでも良かった。イェナードの役に立つ事が出来るなら……それだけで……
***
「世界の歴史……か」
「お?ノバー、歴史に興味があるのか?あひゃひゃひゃ!」
「そうっすね。生きるのに精一杯で馬鹿な事しかして来なかったけど、ちょっと立ち止まって周りを見渡してみれば、色んなことを知れるなぁって。俺が生きてる世界に、昔何が起きたかなんて、考えた事無かったから」
「あひゃひゃひゃ!気づくのが少し遅かったかもな」
「少しどころか、もう取り返せないぐらい遅いっすよ。いつ死ぬか分からない中で、俺が今出来る事を必死で探してる。せめて、生きた証を残したなぁって」
「生きた証なら殺人鬼として十分残しとるじゃないか」
「それもそうっすね。今更何したって俺がやってきた罪が無くなるわけじゃ無い。死んだ人間が生き返るわけでも無いっすからね」
「当たり前じゃろ。今更何を言っとるんじゃ。ワシも人の事は言えんが、今更後悔だとか懺悔だとかそんな無駄な事は考えないぞ。やった事は仕方ないし、取り返せない。じゃが、いまワシらは生きている」
「……」
「ノバーが歴史を学ぼうとする事は、誰に求める事が出来ない、正当な権利じゃ。お前はお前のやりたい事をやればいい。ワシの役に立ちたいと思うのなら、少ない脳を懸命に動かして、勉強するんじゃな」
「イェナードさん……俺は……」
イェナードは何とも言えない感情が込み上げてくるのを感じた。言葉には言い表す事の出来ないこの感情。ノバーはイェナードに何か言おうとしたのだが、言葉が出てこなかった。
「それで、歴史書なんて急に読み出して一体どうしたんじゃ?」
「どうしたというか……人類が魔王軍に統治されていた時代の話を読んでいて、魔王だとか、勇者だとか、天使だとか……天使に関しては見覚えがあるんすけど。そんな俺には想像がつかないような世界が本当にあるんだなぁって思ったんすよ。イェナードさんには”能力”みたいなのがあるでしょ?」
「”能力”か。これは遺伝的なものじゃし、ワシの家系が受け継ぐ力じゃから、魔法だとかとは比較にならん能力じゃが……」
「全然凄いっすよ。俺みたいな何の力も無い人間なんて……天使の呪いみたいな、想像もつかないような、俺の知らない世界がまだまだあるんだなって、この歴史書見てて思ったんすよ」
「ワシの知り合いに歴史学を専門にしてる男がいるんじゃが、今度話してみるといい。アイツも中々面白いヤツじゃぞ。最近は忙しいようでアレじゃが」
魔王軍……か。勇者と魔王の戦い。台頭し続ける魔王軍。最終的には勇者によって倒される訳だが、そこに至るまでに一体何が起きていたのだろうか。歴史書を眺めている中でも、魔王軍統治時代が一番面白いし、気になった。
もっと調べてみたいし、知りたいな。ノバーはそう思った。
その日の夜だった。イェナードは、ノバーに買い出しを頼まれ、渡されたリストが書かれた紙を見ながら、買い物をしていた。帰る途中で、研究会時代の仲間とたまたま会い、そのまま随分と長い時間話し込んでしまった。いかんいかんと、イェナードは急いで診療所に帰る。
「おーい!ノバー!帰ったぞぉ!」
イェナードはノバーに帰った事を伝える。
「…………」
「うん?ノバー?」
が、返事は無い。診療所の明かりはついている。つまり、ノバーが暗くなったので、いつものように明かりをつけたという事だ。なのに返事が無い。寝ているのか?とも思ったが、違う気がする。その瞬間イェナードは”ぞっと”した。この”ぞっと”した感覚は、イェナードが持つ能力の一つでもある。この”ぞっと”したモノを感じた時、良い事が起きた記憶が全く無い。いや、むしろ悪い事の方が……
嫌な予感がした。
イェナードは急いでノバーの元へ向かう。ノバーはどこにいる!?奥のノバーの部屋か!?
「ノバー!ノバー!」
イェナードは声を荒げてノバーの中を叫ぶ。
考えたく無い、考えたく無い。考えたくは無いが……。
「ノバー!」
イェナードはノバーの部屋の扉を開ける。以前は物置として使っていた部屋だが、ノバーが綺麗に掃除をして、整理したので、ノバーの部屋として見事に姿を変えていた。
中で待ち受けていたのは……
「の、ノバ……」
大量の血を流し、床に倒れているノバーの姿だった。
イェナードは一体何が起きたのか理解する事は出来なかった。が、直ぐに冷静な思考を取り戻す。これは研究者、医者としての能力だった。
何とか、何とかしなくては!
普段出す事の無い感情が溢れていた。
それ程までに、イェナードはノバーを……!
***
「結局、助からなかったんじゃがな。信じられない程の血が流れていた。体中のありとあらゆる穴から血が流れ続けている。時すでに遅し。それは凄惨な光景じゃったよ。こんな症状見たこと無かったからの。ワシも冷静さを失っていた。何か手があったのかと言われれば正直分からん」
「そんな事があったんですか……失血死……って事ですよね?突然全身から血が出てくるなんて……」
「ノバーの場合、天使が下した罰は半年後に体中から血が流れて失血死する、って事じゃろうな。さて、ミズミ。君が受ける”罰”は何じゃろうな」
「私の”罰”……」
***
私はククスが言っていた言葉を思い出していた。
「僕がわざわざここへ来た理由は、全部二つ。一つめは忠告ねぇ」
「忠告……?」
「そこの大罪人はなぜかは知らないが、君を慕っているようだねぇ。君は今、魔王軍の生き残りと、天界に狙われているんだよぉ」
「私が、狙われている?」
「そぅだよぉ。君もわかって彼女を蘇らせたんだろ?君のした事は、人類にとっても、僕たち天界にとっても、立派なルール違反なんだよねぇ。そんな事天界が許すはずもないよねぇ。赤っ恥だよぉ、一端の人間の侵入を許した上に、大罪人まで連れて行かれてさぁ」
***
受けるべき”罰”。コジュスが警告していた”罰”を受ける時が、私にも来たのだろう。
「ノバーと全く同じ”モノ”……いや、”呪い”を君からは感じている。ノバーは”呪い”を受けて半年後に死んだ。君はどうじゃ?」
「……」
私は……一体……!
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