第42話 私と呪い2

「いや、ちょっと待って下さい」


「何を待つのじゃ?」


 イェナードは不思議そうに答える。


「何をって……えっと……まず、私の体に”呪い”がかかっているんですよね?」


「そうじゃ」


 当たり前のようにイェナードは答えた。当たり前なのだから当然なのだが。まず第一に、呪いをかけられた原因は間違いなく天使ククスだろう。可能性として迷いの森で出会ったドラギノバムも考えられるが、可能性は低い気がする。


「”呪い”の効果は”死”なんですよね?」


「そうじゃよ。あひゃひゃひゃひゃっ!」


「私はイェナードさんの事を自分と同じぐらい信用しています。ですから、”呪い”の事も勿論信じています。ですが、その”呪い”と”死”の関係がよく分からないんです」


「あひゃひゃ。流石ミズミ君。自分の死を予告されてもいたって冷静じゃな」


「別に死ぬ事に関しては、そう驚きはしませんよ。イェナードさんは、”呪い”の”死”に関して、詳しい話を知っているんですよね?」


「……まあ、そうじゃなぁ。とりあえず、ワシが知っている話だけ、話そうかのぉ」


 ***


 イェナードが私が”呪われている”と判断した理由について語ってくれた。

 イェナードは研究会を脱会した後、ひ裏通りに小さな診療所を設立した。イェナードは一人で診療所を経営している。人通りの少ない診療所にまともな客足が望める訳が無い。一見豊かに見えるナグナ王国ではあるが、貧富の差は当然ながら発生していた。経済的に貧しいものたちは、裏の世界で生活していた。王国を倒そうと目論む革命派や、単なる盗みや殺しで生計を立てようとする連中など、裏通りにも沢山の人がいた。イェナードはそんな怪しげな連中を無償で治療していた。研究会に所属していた時のお金で、生活には全く困っていない。ならば、なぜこんな診療所を開いたのか?ナグナ王国の裏社会で生きる人間たちは、表社会に出れない人間たちだ。一般の国民が利用する診療所を使用する事が出来ない。そんな彼らをイェナードは無償で受け入れていた。ただ、イェナードもただ単に治療をする訳では無い。実験で製造した試験薬の投与や、観察などを患者にしていた。死人が出る事もあったが、裏社会で過ごす人間には頼れるのはイェナードしかいなかった。


 そんなある日の事だった。一人の男がイェナードの診療所に駆け寄ってくる。


「い、イェナードさん!た、助けてくれぇ!」


 男は酷く焦っている様子だった。無精髭を生やした小太りの男だ。


「全く……騒がしい。どうしたんじゃ」


「さっき、何かへんなやつが現れて、いきなり『お前に”呪い”をかけた、お前は数日後に死ぬ』とか言われたんだよ!お、俺怖くて怖くて!イェナードさん、何とかしてくれよぉ!助けてくれよぉ!俺死にたくねぇよぉ!」


 男は泣きそうな顔で喚いている。実に無様な姿だ。


「ほぉ、どこかで見たことがある顔だと思ったら、連続殺人犯のノバーじゃ無いか」


「おお、イェナードさん、俺の事知ってるのかよ!だったら話は早い!助けてくれよぉ!」


「ちょっと待つんじゃ。お前は殺人犯の犯罪者。ワシがお前の事を知っているからと言って、どうして人間のクズであるお前を助けなければいけないんじゃ?」


「そ、そんな事言わないでくれよぉ!見捨てないでくれよぉ!と、友達がイェナードって奴の診療所なら金が無くても助けてくれるって言ってたんだよぉ!」


「どうせその友達とやらめロクなヤツじゃ無いんじゃろうが……それに、ワシは見捨てるとは言っとらんぞ?」


「えっ……?なら、助けてくれるのか?」


「そうじゃな……ワシが助けるのは、ワシが興味がある人間だけじゃ」


「興味がある人間……?どーゆー事だ?」


「正確に言えば、ワシが興味がある症状を持つ人間を診てやるって事じゃな。ワシは正式な医者では無いからな、患者が生きようが死のうがどーでもいいんじゃよ」


「おいおい……大丈夫かよこの医者……」


「だからワシは医者では無い。所詮はヤブ医者じゃ。じゃが、お主が本当に死ぬかもしれないのなら、ワシしか救える人間はいないじゃろうな。人々はお前に生き延びて欲しいなんて思わないじゃろうからな」


「分かってるよ!それで、イェナードさんは俺に興味があるのか?無いのか?」


「あひゃひゃひゃ。”呪い”はワシの大好物じゃよ。あひゃひゃひゃ。勿論診てやるとも」


「そ、そうか……よ、良かった……」


 ノバーはほっとした様子だ。相当焦っていたのだろう。何故ノバーが”呪い”を信じるのか分からないが、殺人鬼とはいえ、心は案外繊細なのかもしれない。”呪い”を恐れ、救いを求めたが、自分の行いのせいで、誰も助けてくれない。暗い闇の中を必死に進み、ようやく見えた希望の光が、イェナードだったのだ。実際、イェナードの診療所に来る人間は、ノバーのような人間ばかりだった。


 イェナードはとりあえずノバーの状態を見てみる事にした。

 イェナードの”見る”と”診る”は普通の”見る”と”診る”とは違う。文字通り” 状態”を見る事が出来るのだ。”状態”とは体の調子だけでは無く、精神面や対象に憑いている”モノ”を明確に見る事が出来るのだ。


「ふむ……」


 イェナードはノバーの”状態”をじっくりと見る。


「ど、どうなんだ?」


「……静かにせい。”状態”を見るのは集中力がいるんじゃ」


「……」


「うむ……」


 イェナードがみた”モノ”。ノバーに纏わりついてる”真っ黒なモノ”は、彼が言う通り、”死”を予見するにふさわしい”モノ”だった。圧倒的な負を感じさせる”モノ”は、イェナードがこれまでに見た”モノ”と比べても、桁違いに大きく、凶悪で、この世の”モノ”とは思えない程、美しかった。この世の”モノ”では無い……か。


「お、おい!どうしたんだよ!イェナードさん!急に黙っちまって……!」


「……美しい」


「……へ?」


 イェナードがポツリと呟く。


「ノバー、何故お前が”呪われている”と分かったのか、詳しい状況の説明をしてくれないかのぉ?」


「おう、分かった。あれはだな。殺しの依頼をしてきた相手との取引を終えた後に、プラプラと歩きながら、家に帰ろうとしてたんだよ」


「ほう、お前にも”帰るべき家”があったのか。驚いた」


「驚くとこはそこじゃねぇだろ!……で、途中で”変なヤツ”が俺の前に突然現れたんだよ」


「”変なヤツ”?」


「何だろうなぁ。ガキの頃に見た絵本に出てきた”天使”ってヤツの姿に似てた。空飛んでたし、白い翼みたいなの生えてたし」


「その見た目で逆に天使以外に何があるというんじゃ?」


「突然現れたもんだから、俺びっくりして腰抜かしちゃって……そしたらその天使が『君に”呪い”をかけた。きみは数日後に死ぬからね』って言われたんだよ」


「ほう、それでその天使はどうなったんじゃ?」


「それがすぐにいなくなっちゃったんだ。ぱぁぁぁって!物音一つ立てずに、ぱぁぁぁぁぁって!」


「そうか……死を通告し、なおかつこの黒いもやもやとしたモノ……天使が直々に舞い降りて、罪人に裁きを下したというのかのぉ……」


「て、天使の裁きぃ??その裁きが”死の呪い”って事かよぉ??」


「お前を覆っているこの”ドス黒いモノ”の正体が、天使の下した”呪い”だとしたら、厄介じゃな……」


「何とかならねぇのかよぉ??助けてくれよぉ!」


「とりあえず、お前に憑いている”モノ”を取り除く為にも、構造、仕組みを知らないといけないんじゃが……。しばらくは様子見じゃな。明日またここに来てくれ」


「ええ!付きっきりで診てくれるんじゃ無いのかよ!」


「ワシはお前のお母さんでは無い!安心しろ、お前さんみたいな死んでも誰も困らないような実験対象にワシが大好きな”呪い”があるというのだから、ワシには得しかない」


「怖えよ……アンタ……人を何だと思ってんだよ……本当に大丈夫なのか?」


「殺人鬼に恐れられるなんて光栄じゃの」


 という訳で、一日一回ノバーはイェナードの診療所に来る事になった。ノバーはしばらくの間、仕事を休業し、目立たないような生活をしていた。

 殺人犯という面を除けば、ノバーは中々面白い人間で、イェナードとの会話も弾んだ。イェナードから見ても、今まで見てきたゴミ人間たちと比べれば、ノバーは随分とまともな人間に見えた。何故こんな人間が殺人をしなければいけないのか?生まれ育った環境、現在の境遇、精神状態の変化。何がノバーをこうしてしまったのだろうか。普段人に全く興味が無いイェナードも、ノバーには少しだけ興味を持った。


 ***


「結局、ノバーはどうなったんだ?」


 私はイェナードに聞いた。


「……ワシと出会って約半年後に死んだよ」


「は、半年後……?呪いの効果はそんなに遅いんですか?」


「そうじゃ。ワシも驚いたよ。時間が経つにつれ、イェナードの精神も落ち着いてきた。いつまで経っても何も起こらなかった。だから、ワシは助手としてイェナードを雇ったんじゃ。中々好きな人間だったんでな」


「そうだったんですか……」


「勿論ヤツの犯した罪が消えるはずも無い。理解していた、理解していたつもりだったんじゃ。これもヤツの魅力なのかもしれないが、ワシはヤツの事を完全に信頼していた。だからこそ、ヤツが死んだ時の事をワシは忘れる事が出来なかったんじゃ」


「教えて貰えますか?一体何が起こったのか」


「ああ、分かってるよ」


 ***


 イェナードとノバーが出会って、一週間が経過した。ノバーは仕事を休み、身を潜めつつ、イェナードの診療所に行く日々を送っていた。相変わらず呪いらしき黒い”モノ”は纏わりついたままではあるが、ノバー自身の体調に何か変化が起きるという事は無かった。その日、イェナードはノバーにある提案をした。


「俺がここで働く?イェナードさんの診療所で??」


「そうじゃ。一々家と診療所を行き来するのも面倒じゃろう。診療所に住み込めば、ワシがいつでも診る事が出来るし、殺しなんて物騒な仕事をしなくても良いしの」


 イェナードの提案は、ノバーが住み込みで助手として診療所で働くというものだった。イェナードは診療所へ働くのなら、給料も渡すという。


「ほ、ほんとにいいのか?イェナードさん。俺にみたいなヤツが助手だなんて……」


「構わんよ。ワシの為に存分に働いてくれるのなら、の」


「ううう……ありがてぇ、ありがてぇ……イェナードさん、あんたは俺にとって希望の光だった。今はそれ以上だよ……」


「……」


 という訳で、ノバーはイェナードの診療所で助手として住み込みで働く事になった。

 といっても、イェナードの診療所は大量の患者が来るわけでは無い。ノバーはイェナードの研究の手伝いや、炊事、掃除、洗濯など、イェナードの身の回りに関する家事などをやった。



 特に何も起きる事無く、平凡で平和な日々が過ぎていく。

 イェナードとノバーは互いに打ち解けあい、分かりあい、良好な関係を築き上げていた。


 だが、半年後のある日の事だった。

 事件は起きた。












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