第41話 私と呪い1

 私はクヨからククスと何があったのかを聞いた。ククスは最初から私には興味は無かったようだ。一番興味があったのはクヨ、魔王軍幹部であるクヨだった。私を攻撃したのは、私を殺す為では無く、あくまでクヨの精神に揺さぶりをかける為。私に対して死なない程度のダメージを与える事で、クヨの精神を混乱させ、怒りの感情で力を引き出させようとした、ククスの考えはこんなところだろう。


 だが、ククスはクヨの事を見誤っていたようだ。そもそもこの作戦自体がクヨの事を見下し、能力の程度を低く測りすぎているのと同等なのだ。

 恐れ多くも、クヨは魔王軍幹部。重要な選択を迫られる場面も多く経験して来た。クヨの場合、フナーラマやサリアの件もある。勇者に倒され、魂となった時も、屈曲な精神は崩されていなかった。

 目覚めた当初は、記憶も意識も曖昧になっていた部分もあり、意志に反する暴走をしていた事もあったが、私と関わって行くにつれて、クヨも変わる事が出来たのだろう。この場合の”変わる”とは、昔に”戻る”事を表している。

 変わると同時に戻っていた。決定的な変化が訪れたのはやはりミグさんとの一件だろうか。


 ・人を絶対に傷つけない


 この約束をクヨが守る事によって、もう一つの約束である

 

 ・私はクヨを絶対に裏切らない


 という約束を、私は守る事ができるのだ。例えば、ククスが私にこう要求したとする。クヨをククスに引き渡す代わりに、私の罪を免除してくれる、と。私が要求を飲んだ時点で、この約束は崩壊するし、今回はククスが私達に明確な敵意を向けていた事から、クヨはククスへ攻撃する事が出来たが、普通の一般人にクヨが危害を加えたとすれば、約束は崩壊する。

 約束が崩壊した後、私とクヨの関係がどうなるのかは分からない。あの夢で見たように、本当に世界を滅ぼすのだろうか。ククスの話により、迷いの森で見た”眼”の正体はドラギノバムである事が確定した。クヨとドラギノバムが手を組めば……”夢”で見たあの光景が現実となる可能性もある。


 クヨは”空白の世界”を作り上げるのでは無く、”現実”を”空白”に作り替えたのだ。世界を一から創造する力が、クヨにはある。世界を”空白”にしたのだから、私が気づかぬうちに、世界は一度完全に滅びた、消滅したのだ。私はクヨならば世界を滅ぼせる、私とクヨが力を合わせれば本当に世界を変えれる、そう考えていたのだが、私の想定以上の力をクヨは持っているようだ。コジュスが神を敵に回す程の行為だと話していたが、その通りのようだ。世界を根底から変えてしまうような能力ちからを持つ少女を蘇らせたのだから。


 だが、私は嬉しかった。

 クヨが私の為に戦ってくれた。私を助けてくれた。それだけで、嬉しかった。十分だった。

 クヨと私なら何でも出来る。そんな気がした。


 ***


「ふぅ……だいぶ楽になって来た。全く……あの天使も厄介な事をしてくれたもんだ」


「大丈夫?ミズミはかせ」


「ああ、大丈夫だ。ちょっとヒリヒリするが、歩けるし、体も動かせる。やはりあの天使は私を殺すつもりは無かったようだね」


「大丈夫!あの天使はクヨがやっつけたから!」


 クヨは笑顔で言う。

 まあ、”やっつけた”という軽い言葉で片付けていい行為なのかは分からないが。

 あの天使が私に何をしたのかは分からないし、時間差で効果が現れる毒を体内に入れられた可能性もなくは無い。クヨと同じく、私にとっては未知の存在天使が未知の能力を使ったのだから、いくら天才といえども、一端の人間である私にはどうする事も出来ないのだ。何度も何度も私は決意している。受け入れるしか無いのだ。全てはもう始まっている。この先何が起ころうとも、例え私が死のうとも、受け入れるしか無いのだ。あの夢のような結末が待っていたとしても。私が選んだ道なのだから。


「ありがとう、クヨ。私の為に戦ってくれて。嬉しかったよ」


「えへへっ。クヨ、頑張った」


 クヨの可愛らしい笑顔を見れただけで、私は心がほっとした。

 魔王軍幹部クヨと天界の天使ククスの戦い。世界は素知らぬ様子で再び動き出した。ドラギノバムの件、クヨの件、ククスの言っていた天界の件。懸念すべき事は沢山あるが、ひとまず研究所に戻ろう。ちょっと散歩に行くつもりが色々な事があり過ぎて、私も疲れてしまった。


 私とクヨは一本道を抜け、関所を通ってナグナ王国へ帰った。

 そのまま人混みを抜けて、研究所へ……と、その前に。


「クヨ、研究所までの道はわかるな?」


「うん!わかるよ!……でも、どうして?」


「私はちょっと医者に診てもらいに行ってくるよ」


「ミズミはかせ、やっぱり調子悪いの?」


「調子が悪いわけじゃ無いよ。ただ、念の為ちょっと診てもらおうかなって。ちょっと心配な事もあるし」


「うーん。クヨも一緒に行っちゃダメ?クヨも心配だよ……」


「ありがとう。だけど、ちょっとお散歩といいながら、随分時間が掛かっちゃったからね。助手が心配してると思うから、一度研究所に戻って、私もクヨも無事な事を伝えて欲しいんだ」


「そっか!分かった!じゃあ、クヨ研究所で待ってるね!」


「ああ、ありがとう」


 クヨは私と別れて、研究所へと向かった。


「さて……」


 私はクヨが行った事を確認すると、目的の場所へと向かった。


 人通りが多く、店が立ち並ぶ表通りから離れて、私は裏通りへと入る。

 裏通りにポツンと存在する建物、看板も何も出ていないが、ここはれっきとした診療所だ。

 ミグさんの時も、この診療所にお世話になった。この診療所の医者とは顔見知りで、私もよく利用している。

 彼も医者のくせに変な思想を持っているようで、本当に救うべき人間しか救わないという考えのようだ。医者としての能力は素晴らしいものらしいが、本人の意思がある以上、私がとやかく言う必要は無いだろう。ミグさんの時は、何故か素直に受け入れてくれたが。


 私は扉を開けて、診療所の中へと入る。


「イェナードさん、いますか?」


「おやおや、ミズミ君。また来たのか。今回は怪我人はいないようじゃな。あひゃひゃひゃひゃっ!」


 長めの白髭を生やした白髪の老人が奥から出てくる。


「相変わらずイェナードさんの診療所には人がいませんね」


「あひゃひゃひゃひゃっ!まあ、ワシの診療所はもはや研究所みたいなもんじゃからな。実験体はいつでも募集中じゃよ、あひゃひゃひゃひゃ」


「怖い事言わないで下さいよ……本当、イェナードさんは変わらないですね」


「お前さんとこの助手ちゃんは元気かな?まあ会いたいんじゃが」


「助手は元気にしてますよ、随分助かってます」


 イェナードには私と助手とマッヒの騒動の時にも、随分助けて貰った。イェナードは、私が所属している研究会の上層部の一人だった。利権に塗れたクズばかりの研究会の中でも、良心的な心の持ち主だった(コジュスと同じく、少し変わってはいるがな)。マッヒ騒動の時も、唯一しっかりと話を聞き、適切な助言をしてくれた。イェナードは研究会の腐敗に嫌気が差し、研究会を脱会、その後はひっそりとした裏通りで密かに医者をやっている。


「そうか……ならいいんじゃが……それより、あまり顔色が良く無さそうじゃが……何かあったのか?」


「ちょっと厄介事に巻き込まれまして……体を診て欲しいんです」


「ふむ……とりあえず、少し横になりなさい」


 私はイェナードに言われた通りに、横になる。


「ふむ……ちょっと裸になって貰えるかのぉ?」


「裸?ですか?」


「なるべく近い方が”見やすい”からのぉ。別に変な趣味があるわけじゃ無いから安心しなさい」


「誰もそんな事思ってませんって……」


 ふぉふぉふぉっとイェナードは笑う。

 私はイェナードに言われた通りに服を脱いだ状態で横になる。


「じゃ、ちょっと失礼するでの」


 イェナードは私の体を手でペタペタと触る。イェナードは何やら特別な能力を持っているようだが、詳しい内容は私には教えてくれなかった。私にはクヨのような特殊な能力なんて物は無い。欲しいだとか必要だとか思った事は無いが、異能バトルを見てしまったからな。我々の常識とは異なる力、世界が確かにこの世には存在するのだから。


「ふむ……ミズミ君」


「どうしました?イェナードさん」


「君の体の中に、どーも厄介な”何か”が入り込んでいるようじゃな」


「”何か”……?」


「ああ。いうならば、”呪い”というヤツじゃな」


「”呪い”ですか……」


「言葉では言い表せない未知で非現実な原理で、君の体の中に確かに”呪い”が存在している。ワシにはそれが分かるんじゃ」


「私はイェナードさんの事を信頼しています。”呪い”が私の中にあるのは理解出来るのですが、では、”呪い”とは一体なんなのですか?」


「”死”じゃ」


「……え?」


「このまま”呪い”を放置しておけば、ミズミ君、君は必ず死ぬ事になる。これだけは断言出来る」


「……」


 クヨによって存在を抹消された天使。

 抹消された後にも関わらず、天使は未来の私に”贈り物”を残してくれたようだ。


 この”贈り物”は私の日常、人生を大きく変える事になる。









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