第40話 魔族と白の空白

 ククスはミズミは完全には殺さないつもりだった。

 殺したところで特にククスにはメリットが無い。あくまで狙いはクヨなのだから。

 ただ、クヨがミズミの事を慕っている以上、利用しない手は無い。

 ここで、死なない程度にミズミを痛みつける。そうすれば、きっとクヨは……!!



 ***



「ミズミはかせ……!ミズミ……はかせ……」


 クヨは懸命にミズミに声を掛けるが、ミズミは意識を失っているようで答えない。つむる口からは血がタラタラと流れている。


「安心しなよ、彼は死んでないよ」


「えっ……死んでない?」


「君がどうしてその人間を心配するのか僕には理解出来ないなぁ。君は極悪非道な魔王軍幹部。人攫いのクヨじゃ無かったっけ?」


「……」


「相手を得体の知れないどこかに消し去る。消し去ると言っても、消し飛ばすと言った方が良いのかなぁ。消しとばした世界で殺すんでしょ?大罪人クヨさん??」


「……クヨはあなたが誰だか知らない。だけど、ミズミはかせを傷つけるのなら、許さない」


「あははははっ!許さない……か。面白い事言うね!君もその人間も罪人には変わりないんだよ?君が魔王の為に一体どれだけの人を傷つけた?許さないだぁ?笑わせるね、本当に救いようの無いゴミだ」


「……」


「でもいいよ。僕が死のうがどうなろうが、2人揃っていずれはお迎えが来るからね。君たちが幸せになる未来なんて存在しないよ」


「許さないし、天使さんはもういらない。消えてもらうよ」


「消えてもらうって…….”死ぬのはあなただよ”といい、段々と口が悪くなってきたね。大丈夫?冷静さを失ってない?」


「ミズミはかせ、ごめんね。すぐ終わらせるから」


 クヨはミズミを寝かせると、再びククスの方を向き、対峙する。


「君の能力は簡単なんだよねぇ。相手を異空間に閉じ込める。所詮はたったそれだけ。異空間に閉じ込めた後、拘束か何かで殺すんだろぉ?その能力が無ければ、君は殆ど無力に過ぎない。この場所は、迷いの森と違って、過去の君ほどの魔力を出す事は出来ない。それでどうやって僕を殺すんだぁ??ねぇ、大罪人さん!?」


 ククスは酷く興奮しているようだ。

 それ程までして、クヨの事を殺したいようだが。ミズミはかせの考えの通り、ククスは単に強い人間と戦いたいだけのようだし、こちらも真剣に戦わないと、逆にやられてしまう可能性がある。

 クヨは少しだけ、魔王軍時代の事を思い出していた。

 魔王軍にいた時も、狂った相手はいた。魔族だろうが、人間だろうが、天使だろうが、狂った思想を持つ者はいるものだ。

 狂った者と戦う時に一番大切な事は、冷静さを保つ事だ。相手に挑発されたりしても、自分の考え、理性をしっかりと保ち、あくまで冷静に物事を見る事によって、初めて精神的な面で相手と対等に対峙する事が出来るのだ。

 特にククスはクヨが動揺し、暴走する事を狙っている。

 だから、ミズミはかせを最初に攻撃したのだ。だが、大丈夫。クヨは冷静だ。

 ククスの言葉を信じるのならば、ミズミはかせは無事なのだろう。命に別状は無さそうだし、動揺してはいけない。ククスを倒して、ナグナ王国へミズミはかせと一緒に戻る。じょしゅならば手当てをしてくれるだろう。

 だから、大丈夫。大丈夫。大丈夫なんだ。だから、落ち着いてーーー


 ククスの能力が未知数な以上、まともにやりあって、クヨに勝ち目は無い。クヨ自身の戦闘能力はそこまで高くないのだ。天使のククスは恐らくかなり強い。でなければ、あそこまで余裕でいる事など出来ないだろう。


 なら、ククスが攻撃に入る前に、一瞬で決着をつけるしか無い。


“空白の世界”を何とか発動出来ないだろうか?迷いの森では二回も発動してしまった。魔力はあまり残されていない。体調も優れていない。

 でも、やるしか無い!


「うん、決めた。クヨ、天使さんの事は殺さないよ」


「はぁ?何を言っているんだ?コロコロ意見を変えないでくれるかな?全く……結果は変わらないんだ。グダグダ話してても、らちがあかないんでね」


 そう言うと、ククスは右手に細長い槍

 を出現させた。


「大罪人さん?これなーんだ?」


「……?」


「これは”天使の槍”って言ってね。まあ、名前の通り天使が使う槍だから、”天使の槍”っていう名前なんだけど……えいっ!」


「……?……うぐっ!?」


 ククスがえいっ!と言ってからクヨは何が起きたのかすら理解出来なかった。が、次感じたのは、鋭い痛みだった。


「あははははっ!痛そうだねぇ!?早かった?ねぇ、早かった?避けれないよねぇ!?この槍は大罪人さんには効果抜群なんだよなぁ!でも……」


 ククスは不敵な笑みを浮かべて、にんまりと笑う。

 槍はクヨの右肩にグサリと刺さっていた。槍を抜こうとするのだが、槍は直ぐに消滅してしまう。


「あの程度の攻撃も避けられないようじゃなぁ。もっと楽しませて欲しいだけど……」


「……クヨは天使さんを楽しませる気なんてないよ」


「あはははっ!まだ余裕があるようだねぇ?それとも何かなぁ?まだ他の手があるのかなぁ?だったら、早く出して欲しいなぁ!」


 他の手……。

 クヨが使える事が出来るもの。最初に目覚めた時、まだ意識が安定していなかった頃に、研究室の壁に打ち込んだ衝撃波。魔力を相手に打ち込むだけの簡単な技だ。

 だけど……


 クヨは右手の標準をククスに合わせると、衝撃波を数発ククスに打ち込む。

 が、当然のように、ククスが手を軽く一振りした岳で、衝撃波は全てかき消されてしまう。


「おいおい……まさかこれが他の手??本当にがっかりだなぁ。こんなチンケな能力しか使えないようなヤツが、あの天下の魔王軍の元幹部だなんてねぇ。失望を通りこして、呆れだよぉ」


「……」


 ククスは余裕ぶっている。自身が圧倒的優位にいると確信し、自分から攻撃を加えてくる事は、恐らく無い。ククスはクヨの能力ちからを見たがっている。クヨが万策尽きて、何も出来ないと分かった時に、初めてとどめを刺しに来るはずだ。

 クヨは先程よりも強い魔力をククスに打ち込む。

 ククスは再びクヨの攻撃を軽く打ち消す。


 ーーーさっきから同じ攻撃ばかりだな。策が尽きたか?まさかこれだけしか攻撃手段が無いとは思えないが……。天界から得た情報によれば、クヨは更なる未知数の能力を持っている可能性があると聞いた。こちらの様子を伺っているのだろうか。それとも、”未知数の真の能力ちから”を使用する為に、能力ちから試しているのだろうか。ならこちらも同じく手を出すのではなく、様子を見るのが一番だろう。普通に戦ったとしても、分があるのはこちらなのだ。慌てる必要は無い。冷静に迎え撃てばいいんだ。だから大丈夫なんだ。




 ***


 ククスとの距離はだいぶ分かってきた。

 これは、根拠のない自信というヤツだが、今、クヨの力を最大限引き出す事ができれば、”空白の世界”を使用出来るかもしれないと思った。

 ただ、”空白の世界”へククスを引き込んだとして、クヨにとっては圧倒的に有利な環境を作り出す事は出来るのだが、それでも絶対にククスを倒す事が出来るとは限らない。ある意味”賭け”だった。躊躇している時間は無い。やるしか無い!


 クヨは全身に力を込めて、大量の魔力を発生させる。


「…………っ!!!」


 体調が優れていない状態で、無理やり魔力を使用しているからか、体がふらついてしまう。足にしっかりと力を込めて、何とか耐える。


「うん?また何かやろうとしているねぇ」


 明らかに雰囲気が豹変したのを、ククスは見逃さなかった。

 魔力を溜めているのだろうか?全てな力を使い果たしてでも、最後の一発に賭けようとしているのか。

 無駄な足掻きだ。焦って魔力を使い果たしてしまったら、元も子もない。

 ククスはまだ余裕だった。


 クヨは全神経を研ぎ澄まし、ゆっくりとククスを見上げる。

“空白の世界”へククスを送るのでは無い、”この世界”を”空白”にしてしまうのだ。


「っ……!?」


 周りの景色が水滴が地面に落ちるときのように、ゆっくりと溶けていく。

 世界が刻々と変化していく中、浮かび上がってきたのは、”白の世界”つまり

“空白”だった。

 クヨは世界を”空白”に変えたのだ。

 だが、これも”空白の世界”と同様に、使用出来る時間は限られている。


 この世界に存在しているのは、クヨとククスの二人のみ。

 この世界が真か偽かは誰にも分からない。発動したクヨにすら分からない。これは、ヴァーバードスの時と同じだった。クヨは現在も成長し続けている。強かったクヨは、死んだ後に2人蘇らされ、成長は再開されたのだ。

 既に未知数の領域まで達している。本人や神にすら分からない程に、すべてを超越した能力。


 ククスはあまりの出来事に、何も出来なかっただけでなく、何が起きたのかすら理解出来なかった。



「えっへへ。えへへへへ!すっごいな君。えっと……これはその……まさか、君、世界を作り替えたのかい?」


「そうだよ。作り替えたというか、一時的に変化させただけだよ。今この世界にいるのは、クヨと天使さんだけ」


「いやいやいや!神を超越してるじゃ無いか!え?君が作った世界に僕を引き込んだんじゃ無くて、世界ごと作り替えた?いや、変化させた?一緒だよねぇ?で、今世界にいるのは、僕ときみだけで……え?」


 動揺している。冷静さを失っている。自分に自信がある者こそ、予想できない理解を超えた事案が発生すると、冷静さを失い、混乱し、正常な判断が出来なくなる。ククスには効果覿面だったようだ。


「理解しなくていいよ。早くミズミはかせに会いたいから、もう終わらせるね」


「終わらせるって、何を……」


 クヨはククスに向けて、溜めていた魔力を打ち込んだ。研究所の時に使用した単なる衝撃波では無い。

 これは、クヨの真の能力、ヴァーバードスを抹消した時と全く同じものだった。

 普段のククスなら簡単にかわす事が出来たのだろうが、動揺していたククスの判断は、大幅に遅れた。



 その瞬間、ククスという”存在”が消滅した。

 ヴァーバードスの時とは違い、今回はクヨだけがククスの最期を知っていた。

 同時に、世界が白に染まって空白の世界から解放され、元の世界へと戻る。クヨが見た景色は、ただの一本道、先に見えるのはナグナ王国。

 戻る事が出来たようだ。

 足下にはミズミはかせが倒れている。


「ミズミはかせ!ミズミはかせ!」


「う、うう……」


 ミズミはかせは、苦しそうに反応する。良かった、ククスの言った通り、意識はあるようだ。


「ああ……クヨか」


「ミズミはかせ!良かった!クヨ、心配したんだよ!」


「ありがとう、だけどわたしは大丈夫だよ。それより、あの天使は……」


「大丈夫!クヨが”まっしょう”したから!」


「抹消……か。また、物騒なワードが出てきたな……」


 やはり、あの天使は私を完全に殺すつもりでは無かったようだ。あくまでクヨとの戦いに利用したかっただけか。


 私はゆっくりと起き上がる。


「ミズミはかせ!」


「だ、大丈夫だ。一応は動ける。さあ、ナグナ王国へ帰ろうか」


「でも、けがが……」


「なあに、大丈夫さ。これぐらい。それより、あの天使の事を聞かせてくれないか?私が気絶している間、何があったのか」


 私とクヨはようやくナグナ王国へと戻る事にした。




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