第39話 魔族と勇者と夢

 魔王軍幹部クヨ。

 彼女の真の能力は、人類にとって驚異的なものだった。


 クヨの能力”空白の世界”は一時的に対象の人物を、”空白の世界”へ送るというものだった。”空白の世界”に送られた人物は、身動きが取れない状態で、拘束されるのだが、”空白の世界”に相手を閉じ込めておける時間は限られている。また、場合によっては”空白の世界”でも自由に動ける者、”空白の世界”の拘束を突破する者も過去にはいた。確かに強力な能力ではあるのだが、その分弱点も多い。”空白の世界”は一時的に対象の存在を消す能力。だが、対象は”空白の世界”では存在している。”空白の世界”へ対象を送った後、クヨが直接”空白の世界”内で対象であを始末するのが一番だが、クヨ自身の戦闘力は他の魔王軍幹部に比べれば、それ程高いわけでは無い。”空白の世界”内での戦闘で逆に殺される危険性もある。

 能力も万能では無いので、魔王軍の中でもクヨを見下すものも多かった。サレアとフナーラマの一件以降は、下克上を狙い、クヨの命を直接狙う者もいた。自身を慕っていた手下さえも敵となった状況で、クヨは次第に何を信じれば良いのか、誰を信じれば良いのか、自分は魔王様に忠誠を誓ったのに、どうしてこんな目に。毎日毎日命を狙われ、戦い続ける日々、次第にクヨは疲弊していった。

 いっその事、殺された方が良いのでは無いか?魔王様に見限られたのならば、自分の存在する価値など無い。なら、幹部の座をもっと強い強者に明け渡した方が……

 クヨは考えた。

 何の為に自分が存在しているのか?

 何の為に自分が生まれたのか?

 何の為に自分が生きているのか?

 何の為に人間を殺し続けるのか?


 答えは最初の最初からわかっていたのだ。


 勿論、魔王様の為だ。


 魔王様の為に自分は存在している。

 魔王様の為に自分は生まれた。

 魔王様の為に自分は生きている。

 魔王様の為に人間を殺し続けている。


 全て全て全て全て全て全て!

 全て魔王様の為なんだ。

 魔王様の為に自分がいて、魔王様は自分そのものだ。自分にとって、その魔王様が全てで、魔王様しか生きがいがない。



 だから悲しかった。ショックだった。サレアが殺された時は特に何とも思わなかったが、魔王様から”お前は必要ない”と言われた時は、言葉では表せないような感情を覚え、頭の中が真っ白になった。


 だが、クヨは諦めなかった。

 必要ないと言われようが、魔王軍の掟で、”生きている以上” クヨは魔王軍の幹部でいる事が出来た。

 つまり、クヨが死ねば幹部の席は開くという事だ。

 魔王軍に求められる力は強さと権力のみ。自分の命を狙うクズどもを始末しつつ、魔王軍にとって利となる事を成し遂げれば、魔王様は再び自分の事を見てくれる。自分の事を信じてくれる。クヨはそう考えた。



 ならば、どうすればいいか?

 クヨの考えは単純だった。

 悪の帝王魔王を倒す事が出来るかもしれない存在、”勇者”を始末すれば、魔王軍にとって最大の功績となる。

 クヨがたった一人で勇者を葬れば、魔王様はきっと……!


 絶望に渦巻く人間たちの希望の光となる存在、それが勇者だった。

 勇者さえ葬れば……


 人類の中では、何人かの勇者候補が存在しているらしい。

 その中でも特に有力な候補がいた。

 彼には誰も敵わない。たった一人で戦い続ける男、人類最強と呼ばれる男。


“ヴァーバードス”


 クヨは単身で、ヴァーバードスの居場所を突き止め、ヴァーバードスの元へ向かい、彼と戦った。


 ヴァーバードスは人類最強の名に恥じぬほど圧倒的な強さをクヨに見せつけた。クヨは全く太刀打ち出来ぬまま、ヴァーバードスに倒された。

 戦いとは呼べぬ程あっけない終わり方だった。

 クヨは死んだ。だが、このままでは終わらなかった。


 クヨが死んだ時、初めてクヨの真の能力が発動した。


 その能力の名は、”覆滅の世界”

 クヨが強く強く”死”を望んだ相手の”存在”を抹消する能力だった。

“存在”を消すと言っても、人々の記憶や歴史からヴァーバードスの存在が消えるのでなく、”覆滅の世界”を使用した時点で、相手の”存在”を抹消するのだ。ヴァーバードスは痛みも何も感じず、自身が消された事すら知らぬまま、文字通り”消えた”のだ。これは”死”とはいえない。死体が残るわけでも無いし、ヴァーバードスの身に傷を与えた訳でも無い。だから、ヴァーバードスの死を証明する手段が無かった。突如として消えたヴァーバードスは人々に動揺と恐怖と不安を与えたものの、すぐに新たな人類最強が現れ、ヴァーバードスの存在は次第に人々の記憶から忘れ去られ、歴史にも残らなかった。

 クヨは”覆滅の世界”を使用した事も、ヴァーバードスが死んだ事すら知らない。つまり、ヴァーバードスが消えた事を知っている者は、ヴァーバードス本人も含めて、誰一人知らないのだ。

 ”覆滅の世界”を使用した本人は既に使用した段階で死んでいるのだから。


 だから、”覆滅の世界”は人類にとって、本当に恐ろしい能力なのだ。対象の本人が気付く事無く、存在が消えてしまう。


 結局、残ったのは死んだクヨの魂だけだ。

 魔族は死ぬと、そのまま死体は残らず、消滅する。消滅すると、魂となる。魂は普通は自然と浄化されていくが、消滅した段階で、クヨの身は天界の管轄となっている。天界に大罪人と認定された者は、浄化される事無く、”神の牢獄”に”永遠の在任”として閉じ込められる。永遠に。

 クヨがヴァーバードスに殺されて以降、魔王軍は窮地に立つ事になる。勇者の台頭、反乱軍の反撃、幹部の敗北。

 結局、魔王にもう一度認めてもらうというクヨの願いが叶う事は無かった。



 ***


 ククスはミズミの行動をずっと監視していた。ミズミが普段どのような行動をしているのか、どの時間に何をしているのか。

 仕掛けるチャンスはいくらでもある。

 ミズミがクヨを蘇らせ、クヨの調子が戻るまで、数日はかかるだろう。天界によれば、クヨの真の能力はまだ明らかになっていないらしい。魔王軍の中でも、クヨの戦闘力はそこまで高く無い。だが、最大限能力を引き出す算段は既についている。


 まずは、ミズミだ。

 そもそもなぜミズミはクヨを蘇らせる必要があったのか?目的は何だ?わざわざ魔王軍の中でも、戦闘力が低いクヨを蘇らせた理由……。

 ククスは考える。

 単なる見た目で判断した変態か。

 それは無いか、ならばやはりクヨの能力に興味があるのか。

 調査した所、ミズミは世界の終わりを見てみたいという願望があるらしい。煩わしい人間との関わり、つまらない日常、平和を捨てて、世界の末路をこの目で見る。圧倒的力を持つ魔王軍幹部のクヨがこの世に蘇えらせたのなら、この世界はどう変化するのか?変わらないのか?変わるのか?何にせよ、平穏でつまらない日常を破壊してくれるのでは無いか、そう期待していたのだろう。


 この考えを上手く利用すれば……

 天界の秘密の天使から秘密のルートで入手した秘密の果物。

 この果物は、秘密の果物なので、勿論普通の果物では無い。天界の技術を駆使し、改良した果物である。

 ククスが入手した果物は、相手に幻を見せる事が出来る効果がある。

 幻の内容は、食べた人物が強く望んでいるもの。当人の理想と幻想が交わった結果が、幻の内容となるのだ。

 唐突な眠気が襲いかかり、そのまま気を失ってしまう。

 ククスはありとあらゆる能力を使う事が出来たが、ナグナ王国内で姿を表す事は避けたかった。必要最低限の力で対応したかった。

 ミズミは助手を雇っているらしい。彼女を洗脳して、果物をミズミに食わせる手も考えたが、あまりに親しい人物だと、怪しまれる可能性があった。

 ミズミは料理が下手だ。人混みを嫌う為、助手に買い物を任せる事が多かった。引きこもり状態のミズミを心配して、近所の人間が、ミズミに色々なものを分けてあげているらしい。この人間を軽く洗脳して、秘密の果物をミズミに渡す。きっと、ミズミとクヨは貰った果物を食べるはずだ。

 監視を続けた結果、効果が現れたのは、ミズミが研究所に帰宅した瞬間だった。ミズミはその場に倒れ、幻を見てた。幻というより、幻の夢といった方が正しいのかもしれない。

 ククスはミズミが見ている幻をこの目で見る事が出来た。


 ククスがそこで見たのは、炎に包まれたナグナ王国の姿だった。

 クヨの姿を確認する事が出来たが、クヨ一人でここまでする事は出来ないだろう。つまり、クヨとは別の誰かが、加わり、この残状を作り上げたのだ。

 大方予想はついていた。

 ククスはミズミがみた幻の夢を、現実にしたかった。

 あの世界を、現実にーーー!




 だから、ミズミを殺そうとした。

 そうすれば、クヨは、本当の力を……!






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