第38話 私の夢

 魔王軍幹部、クヨを殺す。

 天使ククスは確かにこう言った。

 それってかなりマズい事だよな……?

 マズいどころの話では無い!こいつ、ヤバい!


「あははっ!!おやおやぁ?そっちの大罪人さんの様子がおかしいよぉ?怒ってるのかなぁ??」


 私はククスからクヨへと目を移す。

 クヨは黙ってククスを見ている。


「ミズミはかせ」


「うん?どうした?」


「クヨ、あいつ嫌い」


「そうだな、私も嫌いだ」


「あいつはクヨだけじゃない。ミズミはかせも傷つけようとしてる。許せない」


「……そうだな。確かにそうだが……」


 天界は私を捕らえるタイミングを探しているらしい。何故私を捕らえようとするのか?答えは当然、私が大罪人であるクヨを蘇らせたからだ。最低最悪の悪の結晶である魔王軍の幹部を再びこの世に蘇らせた。人類にとっても、驚異的な事であり、生命を司る天界からすれば、私の行為は許せない事であり、その罪は大罪人クヨと同等の物なのかもしれない。

 ククスはクヨを殺せば恩恵があると話していた。コジュスが言っていた通り、私は重大な罪を犯してしまったのだろう。理解はしている、が、後悔はしていない。私は後悔などする暇があったら、すぐに次の一手に出る人間だ。後悔など時間の無駄だ。


「あの天使は私も殺す気かな?私はまだ死にたく無いな。やらないといけない事もあるし」


「大丈夫だよ。ミズミはかせ。ミズミはかせはクヨが死なせない。ぜったい守るから!」


 クヨが可愛らしい笑顔で私を励ましてくれる。私は心にほっとしたものを感じた。純粋に嬉しかったのだ。ぜったい守るとクヨが言ってくれた。私の為に。だから、私は生きなければ!どんな事があっても!

 私は再び決意した。


「おや?ぜったい守るかぁ。ふふぅん。そんな事、今の大罪人クヨさんに出来るのかなぁ?ってか、別に僕はその人間を殺すなんて、一言も言ってないんだよなぁ。殺すのは、君だよ大罪人クヨさん」


「クヨも死なないよ。死ぬのはあなただよ、天使さん」


「残念、僕も死なないんだよなぁ。おや?おやおや?これはまさか、本気出していいやつなのかな??僕本気出しちゃっていいのかなぁ??あはははははっ!!」


 ククスは酷く興奮しているようだ。力を持て余していたのだろうか。こいつもコジュスと同じぐらいの変人だ。


「ミズミはかせ、クヨはね、昔から天使が嫌いなの」


「どうしてだ?」


「天使は人を助けてくれるって聞いたのに、クヨたちの事は、誰も助けてくれなかった」


 クヨたち……つまり、魔王軍の事だろうか?助けてくれなかった?一体何をだ?


「あはははははっ!大罪人クヨを天使が助ける訳ないじゃん!天使が助けるのは善良で心優しい人間だけ。君たちは論外。時に大罪人クヨさんは極悪非道で全人類から嫌われる歴史の最大の汚点、悪の象徴魔王軍の幹部様だよ??何を馬鹿な事を言ってるんだクズが」


「急に声色が変わったよ、ミズミはかせ」


「いるよなぁ。あーやって、急に声色を変えてキレる人間。だが、いくらなんでも言い過ぎじゃないか、あの天使は。天使とは思えぬ言動だ」


「あのねぇ、君たちが思い描いてる天使の理想像ってのは、所詮人類が生み出した妄想に過ぎないんだよぉ。だから、僕みたいな超絶フリーな天使がいてもいーだろぉ?規律や伝統や常識をぶち壊して生きていく!それが僕、天使ククスなんだよぉ!」


「ほぉ、規律、伝統、常識に縛られずに生きていく、中々面白い考えだ」


「でしょ?でしょでしょ?」


 ククスが急に私の顔の前に現れる。


「おい、近いって」


「君が善良な人間だったら、気に入ったんだけどなぁ。惜しいなぁ。こんなに面白い人間なのにぃ」


 ククスは残念そうに言う。


「で、結局どうするんだ?私達はどうすればいい?」


 ピリッとここで空気が変わったのを、私は感じた。張り詰めた空気。”死”の匂い。クヨが空気の話をコジュスの家でしていたが、何となく分かったかもしれない。これは”死”の空気だ。殺し合い、血の匂い、ヤバい匂い。


「君はそのまま黙ってみていればぁ?僕は、大罪人クヨを……!」


 ***


 ククスの本性について話そう。

 天使として生まれたククスは、頭脳も身体能力も全てにおいて優秀だった。天使はある一定の能力を持って生まれてくるのだが、ククスは天界の天使の中でも一定数存在する”異端”と呼ばれる存在だった。異端として生まれたククスは、周りから尊敬の目で見られ、全てにおいて他の天使を上回っている事から、自尊心が非常に高かった。

 ククスは自分の秘めている能力をしっかりと理解していた。天使は”自我の制御”と呼ばれるものが存在し、天界の秩序を乱すような思想が、自動的に排除されるようになっていた。

 天使たちは現状に不満を抱く事なく、のほほんと暮らしていた。天使の寿命は非常に長い。天使たちはそれぞれ天界から与えられた”役割”を全うする日々を送っている。与えられた”役割”が天使たちの”生きがい”であり、”生きている意味”であった。

 そうやって、天界は成り立って来たのだ。ずっと、ずっと、ずっと。そしてこれからも、それは変わらないだろう。


 が、そんな天界の秩序を乱すような出来事が発生する。それが、異端ククスだった。“異端ククス”には”自我の制御”が効かなかった。ククスは独自の思想を持ち、自分の意思で動いていたのだ。時に、天界の意に反して、勝手な行動をする事もあった。ククスが”自我の制御”システムを破壊する事を恐れた天界は、ククスを排除しようと考えた。だが、ククスの能力を惜しむ声もあり、ククスが天界によって、排除される事は無かった。

 だが、天界は諦めてはいなかった。天界はククス自身で無く、ククスの”能力”を欲しがっていた。ククスは本当の意味での、”異端”だったのだ。異端中の異端。ククス自身に問題あれど、能力は素晴らしい。ならば、ククスから能力を奪った後、ククスを始末して、能力だけを手に入れれはいい、天界はそう考えた。

 ククスは自我を持っているとはいえ、天界が本気を出せば、ククスを捕らえることなど容易だ。結局は、他の天使と同じく、ククスも天界によって生み出されたのだから。元を辿れば皆同じなのだ。ククスはそれを理解していた。天界に命じられるままの生き方に嫌気が差していたククスは、どうせ捕われるのならば、最後に自分の力を最大限出してみたい、そう考えた。

 そんな時、ククスはある噂を聞いた。人間によって、”神の監獄”から”永遠の大罪人”の一人が連れ去られたと。正確には、”神の監獄”に捕われている者は、すでに死んでいるので、魂を持ち去られたという方が正しいのだが。

 ククスはチャンスと思った。

 天界の目を盗みながら、”永遠の大罪人”の行方を追った。そして”永遠の大罪人”の正体が、魔王軍の元幹部、クヨである事を突き止めた。クヨはナグナ王国専属の研究者であるミズミという人間に蘇らせれて、共に行動していると。現在は、迷いの森の小さな家にミズミの友人の研究者とミズミと三人でいると分かった。迷いの森からナグナ王国へと帰る道は一つしか無い。ナグナ王国関所への一本道だ。行きもこの一本道を通ったに違いない。なら、帰りも必ず一本道ここを通るはずだ。この一本道は見通しが良い、ククスの能力ちからを発揮するには十分だ。ナグナ王国が立ち入りを禁止いるのか、人通りは殆ど無い。周りに建物も無い。最高のフィールドだ。

 ククスにとっては、最初で最後の挑戦だ。クヨを再び殺し、魂を回収する事に成功すれば、天界の見方も変わるかもしれない。最高のチャンスだ。絶対にやり遂げてみせる。

 ククスは強く決意していた。


 ***


 クヨは、ククスが真っ先に狙うのは、クヨだと考えていたようだ。ククスは見る限り、血気盛んな天使のようだ。ただの人間である私などいつでも殺せるはずで、攻撃の優先度は低い。ならば、クヨがこの場からすぐに離れて、私との距離をとれば、私の安全は守られる。ククスは私などには目をくれず、すぐにクヨの元へ向かうだろう。そこで、じっくり戦えばいい。クヨはそう考えた。体調はあまり優れていない、どうなるかは分からないが、易々と殺される訳にもいかない、と。


 だが、予想は違った。

 ククスはクヨの力が全盛期よりかなり落ちている事を知っている。迷いの森に入ったという事は、魔力は多少なりとも上がっているはず。なら、クヨの力を最大限引き出すにはどうすれば良いか?

 強い怒り、憎しみを与える。

 それが正解だ。


 だから、ククスは考えた。人間を最初に殺して、クヨの怒りを増幅させる。何故だかわからないが、クヨはあの人間を気に入ってるらしい。最大のチャンスだ。人間を狙わない意思を見せつけて、油断させる。

 そこであの人間を殺せば……!



「なっ……!?」


 ククスに見惚れている最中だった。

 急激な痛みが私を襲う。

 胸が、あつい!!苦しい!!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!!!

 な、何なんだこれは……!?


「ぐ……ぐぅ……!」


 頭がクラクラする。足下がふらつき、うまく立てない。力が出ない。胸を手でおさえる。胸が痛い、だが血は出ていない。一体何が起きたんだ!?


「はぁ……はぁ……」


「ミズミはかせ!」


 クヨが私の元へ駆け寄る。


「はぁ……くそっ。急に痛みが……!」


 言葉に表す事が出来ないこの痛み。今までに経験した事が無い痛みだ。目に見える痛みでは無い。


「ごうもん……じゃ無くて、胃のちょうしが悪いの?」


「あははっ……はぁ……覚えててくれたのか……また近所のおばちゃんの貰い物が当たったかな……だけど、助手の料理だし、それはないか……はははっ……」


 意識が……!クソっ!この感覚は以前にも経験した。そうだ!研究発表会から帰ってきて、研究所に入ってクヨに迎えられてその後感じた感覚だ……!


 唐突な眠気……!そうだ、これだ!痛みと共に、強烈な眠気を感じている!前回よりかなり強い!


「ミズミはかせ!ミズミはかせ!!」


「うぐっ……!」


 私はその場に倒れ込んでしまう。

 意識が……途切れる!限界だ….…!


「ミズミはかせ!ミズミはかせ!!」


 クヨの叫び声が、私の頭の中で響き渡る。薄れゆく意識の中、必死に目を開けようとするが、どうやら叶わぬようだ。ここで、死んだとしても、最後にクヨの顔を見れたからいっか……。

 だが、この顔はとても悲しい顔だった。クヨは泣いていた。


「ミズミはかせ……!……みずみ……………っ!」


 少女の目から流れた涙は、私の額にポツンと落ちた。


 そうか、あの時のあの”夢”のような世界は……!

 助手が殺されたあの世界は……。

 街が燃えていたあの世界は……。

 燃え盛る街の中で私がみたあの景色、そこにいた彼女の存在。

 自分が密かに望んでいた終末の世界。世界の終わり。


 ククス、君は私に見せてくれたのか。


 最期の”夢”を。幻想を。

 それが現実となる前に。











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