第37話 魔族とずぅーーん!

 迷いの森を出た後、私とクヨはナグナ王国へと戻る事にする。

 迷いの森からナグナ王国の関所は見通しの良い長閑な一本道だ。私達の位置からも、ナグナ王国の関所の姿を見る事出来ている。距離もそれ程遠くない。

 呑気に歌を歌いながら、私達は歩いていた。

 全く、私も浅はかだったな。後悔していても、仕方ないのは理解しているが、私は非常にプライドが高い事も理解している。後悔するような選択をする事自体が、許せない事であり、ミスをした時点で私のプライドばズタズタである。心が壊れそうだ。

 迷いの森のコジュスにクヨを見せてあげよう、ついでに散歩にもなるので、クヨのストレス発散にもなるんじゃないかと思った訳だが、物事はあらぬ方向へ進んでしまったようだ。

 それに訳の分からない変な世界へ行ったり、変なものを見たりもしたしな。

 いくら私でも少し疲れてしまった。今日は帰ってゆっくりベッドで休もう。

 そんな呑気な事を考えていると……


「うん?何だ?あれは?」


「?」


 私達の前方、道の端に何やら屋台のようなものがある。

 このペースで歩けば、すぐにたどり着く位置なのだが……


「屋台……か?」


 あれ程目立つ位置にあるのだ。

 行きの時に気づくはず。だが、クヨも私も目に入らなかった。つまり、私達が迷いの森にいる間に、あの屋台はこの場所へ来た事になる。

 一体なぜ?ナグナ王国は迷いの森への立ち入りを禁じている。この小道もだ。ナグナ王国の許可が無ければ、通る事すら出来ないはず。

 何なんだ、あの屋台は……?


 私達の歩くスピードであれば、直ぐに屋台の位置へ辿り着いてしまう。

 嫌な予感がするな。私の”勘”ってやつだ。屋台に人がいるかどうかは確認出来ないが、怪しい気配がプンプンする。


「クヨ、あの屋台が見えるか?」


「見えるよ。ミズミはかせ、どうしたの?」


「人の気配はするか?」


「うーん。誰もいないと思うよ」


「そうか……」


 クヨが感知していないので、大丈夫とは思うが……

 だが、気になる。私は警戒レベルをさらに引き上げる。よし、ゆっくりと近づいて行こう。目を逸らさずに、一瞬の隙も与えぬよう慎重に進むんだ。


「ミズミはかせ、顔が怖いよぉ。どうしたの?」


「クヨ、あの屋台を注視していてくれないか?」


「?……うん、分かった」


 クヨは素直に受け入れてくれる。有難い。


「ただの喜憂だといいんだが、念の為……な」


 あの”眼”、コジュスの助言、私はもう少し慎重になる必要がある。


「そうだ、ミズミはかせ」


「うん?どうした?クヨ」


「迷いの森で魔獣と会った時に、クヨ、ミズミはかせを”空白の世界”に送ったよね?」


「ああ、どうかしたのか?」


「お歌を歌ってた時は、クヨ、すごく元気が良かったんだけど、森から出たら、ずぅーーん!となっちゃった。だから、もう”空白の世界”は使えないと思う」


「ずぅーーん!となった?」


「うん!クヨ、ずぅーーんってなった!」


「ずぅーーん!か」


「うん!ずぅーーん!だよ!」


 私は一瞬何と反応すれば良いのか、迷ってしまった。

 が……。


「えっと、つまり、ずぅーーんとはどういう事なんだ?」


「ずぅーーんはね、調子が良くないってことだよ」


 そうか!

 私の中でクヨの”ずぅーーん”の意味がようやく分かった。コジュスによれば、迷いの森には魔力エネルギーというものがあり、クヨの力を底上げしてきた。だから、クヨは”空白の世界”を使う事が出来た。”空白の世界”は膨大な魔力を必要とする。全盛期のクヨはともかく、私が目覚めさせた後のくよは、少しずつ回復しているとはいえ、完全な力を取り戻していない。だが、迷いの森の魔力エネルギーがクヨに”力”を与えた。与えられた力を使ってクヨは二度も”空白の世界”を使用する事が出来た。本来の能力の限界を超えて。なので、迷いの森から出て以降、反動でクヨがずぅーーん!となっている。ずぅーーん!つまり、調子が良くないのだ。迷いの森で限界を超えた魔力を使ったからその反動で……合っているだろうか?


「…………」


「……….…」


 直ぐに屋台の真横に辿り着いてしまった。私は屋台を確認してみるのだが、看板は無く、何も書かれていない。真っ白な屋台だ。禁止されている一本道の端にポツンと置かれている真っ白な屋台。不自然だ。ナグナ王国の物かとも疑ったが、どうも違う気がする。


「誰もいないよ、ミズミはかせ」


「本当に何も感じないのか?」


「うん、なーんにも感じない。だけど、今ずぅーーん!ってなってるから、気づけてないだけかも」


「そっか。ずぅーーん!ってなってるもんな。考えすぎか……」


 屋台を通り過ぎても、特に何かが起こる事は無かった。本当にただの喜憂だったようだ。

 私はほっと胸を撫で下ろす。

 良かった、これで安心してーーー


 その時だった。


 背後から耳をつんざくような、強烈な爆発音が聞こえたのだ。


「っ!?」


 私はすぐに爆発音のした方を振り返ろうとした。

 ーーーまさか!と思った。

 クヨも同様に、振り返ろうとする。


 そこで私達がみたのはーーー


「君が人類の禁忌を破った人間かぁ……うふふふっ。天界の警備を欺いて、”神の監獄”から”永遠の罪人”を連れ出した”本当の極悪人”うふふふっ!」


 天使……。

 背中に二つの白き翼。頭の上には(どのような原理か凄く気になる)ピカピカ輝く輪っか。金髪のボブカット。そして……


「ま、眩しい!眩しすぎて見えない!」


 天使は上空にプカプカと浮いており、私達を見下ろしている。天使の体は眩く発光しており、直視する事は出来ない。先程の私達が見ていた屋台は、天使による爆破のせいか、跡形も無くなっていた。


「てか、あれが天使なのか!凄いな、初めて見たよ」


「天使?まおうさまやクヨを閉じ込めていた天使が、”アレ”なの?」


「だと思うがな。聖書などに描かれている”天使”と姿形が一致している。クヨを閉じ込めていたのが、”アレ”かはわからないが」


 突如現れた天使の目的が分からない以上、危険である事に間違い無いのだが、どうにも私は興味が勝ってしまっているようで、間近で本当の天使を見れている事に、感動してしまっている。


「おいおい、僕の事を”アレ”呼ばわりとは、礼儀がないねぇ。君は」


「えっと、君は本当に天使なのか?」


「そうだよぉ。僕は、フリーのお気楽天使、ククス!よろしくねぇ」


 ククスと自称する天使は笑顔でそう答えた。コジュスとはまた異なる独特の喋り方だ。


「ククス、君は天使なのか?」


「そうだよ。お気楽天使って言ったじゃん。聞いてなかったの?」


「お気楽?何だそれは?」


「もう人の話を聞かない人間だなぁ。フリーでお気楽、つまり何事にも縛られずに自由に生きているって事だよぉ、もーう!」


「そうか、すまないな。いかんせん、天使と呼ばれる者と話すのは、初めてなもんでな」


「あははっ。君面白いね、さすが天界を欺くほどの人間だ。人間はゴミ屑以下のクズどもしかいないと思ってたけど、ほんのちょびっとだけ、見直したよ」


「凄い偏見だな……」


「それはともかくさぁ。そっちの大罪人さん?」


 ククスはクヨを指差し、言った。


「僕の存在に気付けないようじゃ、この先その人間を守りきれないよぉ?」


「えっ……」


 クヨが怯えている。

 私の裾を掴んでいる。私なクヨの顔を確認する。元々人見知りなクヨではあるが、ククスに対しては明らかな”恐怖”を感じていた。強者に平伏する弱者。圧倒的力の差。恐らく、クヨは……


「どういう事だ?君は一体何が言いたいんだ?」


「地上で暴れまくってた面影を今の彼女には感じないって事さぁ。魔力に関しても、ねぇ。こんなヒョロヒョロお気楽天使の僕にすら怯えている。人間、君の方がよっぽど立派だと思うよぉ。逆に彼女を守ろうとしているからねぇ」


「……」


「僕がわざわざここへ来た理由は、全部二つ。一つめは忠告ねぇ」


「忠告……?」


「そこの大罪人はなぜかは知らないが、君を慕っているようだねぇ。君は今、魔王軍の生き残りと、天界に狙われているんだよぉ」


「私が、狙われている?」


「そぅだよぉ。君もわかって彼女を蘇らせたんだろ?君のした事は、人類にとっても、僕たち天界にとっても、立派なルール違反なんだよねぇ。そんな事天界が許すはずもないよねぇ。赤っ恥だよぉ、一端の人間の侵入を許した上に、大罪人まで連れて行かれてさぁ」


 天界が、私を追っているのか。

 コジュスも言っていたな。私がやった事は禁忌を冒している。理解はしていたつもりだ。天界から追われるのは理解出来た。だが、魔王軍の生き残りとは?


「うふふっ。それでね、大罪人が逃げてから天界は大慌て!一体誰がやったんだってねぇ、うふふふっ。だけどね、ドサクサに紛れて、もう一人どうやったのかは知らないが、天界から抜け出した者がいるんだよねぇ」


「ま、まさか……」


「うふふふっ。そう、ドラギノバムさ」


「ドラギノバムが……」


「天界から……!?」


 これにはクヨも驚きを隠せないようだった。


「天界は君よりも、ドラギノバムを追っている。彼は本当に脅威だからね。いまだに見つかってないけどねぇ」


 私は迷いの森でみたあの”眼”を思い出す。やはり、あれは……


「天界は、ドラギノバムがそこの彼女と接触するのを恐れてるんだよねぇ。魔王軍再編ってなったら、非常に厄介だからねぇ。ドラギノバムが彼女を追っていると仮定して、その彼女は今どこにいる?」


「……クヨは、ここにいるよ」


「そう!その通りねぇ。よく言えました偉い偉い!それでねぇ、天界はドラギノバムが彼女と接触した時、彼女と一緒に行動している君もろとも捕まえちゃおうってわけ!」


「君がここに来たもう一つの理由は……」


 ククスは、クスクスと笑い、不敵な笑みを浮かべる。


「天使にもノルマってのがあってね。天界の命令に成功すれば、色々と恩恵があるんだよ」


「……」


「もう一つの理由は勿論、もう一度彼女を殺す為だよ。ねぇ?魔王軍元幹部、大罪人クヨさん?」

















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