第35話 私の普通の生活

「さて、僕からのお話は以上だが……ミズミ、クヨちゃん。君たちはこれからどうするつもりだ?」


 コジュスが突如聞いてくる。


「どうするつもりだって言われてもな……なあ?クヨ、どうするつもりだ?」


「ふぇ?どうするつもりって言われても……魔女の研究者さんは、どうするつもりなの?」


「なあ、コジュス。どうすれば良いと思う?」


「いや、僕がどうかするんじゃ無くて、君たちがどうするのか、って事なんだけどな……。結局、僕に返ってくるのか……まあ、いいけど」


 コントみたいな会話になってしまった。


「すまないな、コジュス。だが、どうにも何も思いつかなくてね。私としては、クヨとこれまで通りの生活を、これからも送りたいと考えているんだが……」


「僕は別にそれで構わないと思うよ。僕がここで話した事だって、あくまで僕自身の推測でしか無いし、君たちが何か表立った行動をしたとしても、全然問題は無いと思うよ。だから、今まで通りの”普通の生活”をすれはいいと思うよ」


「普通の生活……か」


 コジュスの言う普通の生活。

 私にとっての”普通”の生活とは、朝起きて、ふらふらと歩いて椅子に座り、自分でつくった不味い朝食or助手がつくってくれた素晴らしい朝食(私の料理とは天と地の差た)を眠気を感じながら口に入れ、片付けをして、後はまあ、一日中引きこもって、実験やら研究やらを続けて、気がつけば既に夕陽は落ち、辺りは暗くなっているのに気づき、ああ、一日は何て早いんだと人生の儚さを少し感じながら夕食を食べようとするのだが、食材が見つからず、助手やら近所のおばちゃんからにお裾分けor人混みが嫌な私が重い腰を上げ、研究所を出て買い物に行き、食料を調達、人混みに酔い疲れながら帰宅して、調理して夕食を済ませて、後は疲れた体をお風呂で癒して、その後は諸々色々やったら、ベッドで就寝。

 これが私の”普通の生活”だ。

 助手が来てくれる日はまた別だが、こんな生活を続けてきたのだ。

 全ては、私の欲望の為に。


 頑張って来たつもりだった。

 目標実現といえば聞こえが良いので、欲望実現と私は考えている。

 私は、欲望を現実に変える事に成功した。欲望実現に成功した。

 だが、私の欲望は完全に実現したわけでは無いのだ。

 欲望は更なる欲望を産み、尽きない欲に翻弄され続けるのだが、私は今回のクヨの件は、私の欲望のある段階に過ぎないのだ。

 私はもっと上を見据えている。クヨはまだ私の目的に気づいていない。クヨの本当の目的は正直まだわからないし、目的が存在するかは不明だが、せっかく蘇らせたのだ。


 “普通の生活”。

 クヨと助手と私。

 今の生活がコジュスの言う”普通の生活”に当たるのか?

 いや、今の生活は普通では無い。

 クヨと出会って私の知らない事を沢山知ったし、未知の経験もしたのだ。

 普通では無いのだろう。

 が、私はこの生活に満足している。

 “異常な生活”かもしれないが、私の欲望の為にも、クヨの為にも、”異常な生活”を”普通の生活”に変えて、私は生きていくのだ。


 この先何が起ころうとも、な。



「何も起こらないかもしれないし、何か大変な事があるかもしれない。だが、まあ、クヨちゃんもいるし、何とかなるとは思うよ」


「……」


 クヨがいれば、何とかなる……か。

 私はクヨの方を見る。


「……?」


 クヨはきょとんとしている。

 確かに、クヨは今のところは私の味方でいて、くれている。

 魔王軍の幹部の実力だ。何かあったとしても、私の味方でいてくれる限りは、それ程心配はしていない。

 圧倒的戦力が、味方にいるだけで、心の余裕が生まれる。


「だが、魔獣の森に魔王軍幹部、ドラギノバムの魔獣がいる事は、僕にとってはちょっと良く無いかな」


「コジュスにとって……か」


「僕はこれからも”ここ”で研究を続けるつもりだ。迷いの森での調査も続行しようと思っていたが、万が一ドラギノバムな魔獣達の活動が、表舞台で活性化した時に、影響を受けないかは少し心配なんだ」


 確かに、ドラギノバムの魔獣達が一体何をするのか分からない。コジュスがこの森で活動する以上、彼らと接触する可能性は多いにある。



「それは……すまなかった。私がここに来なければ、今まで通りの平穏な生活を送れたのに……」


「ふふふっ。今まで通りの平穏な生活……か。君らしく無い言葉だな。ミズミ」


「私らしくない……?」


「僕がずっと”今まで通りの平穏な生活”を求めていると?はははっ。そんな訳ない。僕は常に平穏、日常を破壊する”変化”を求めているんだ。だから、前にも言ったが、君が謝る必要は全く無いんだ、ミズミ」


「……そうか、コジュス。だが、この先何が起こるのか……私だって……」


「ミズミはかせ……」


 クヨが心配そうに私を見つめている。思えば、クヨには心配をかけてばかりだった。


「なぁに。何が起ころうと、私は初めから決意していたんだ。迷いの森に、魔獣がいると聞かされていた時からな。だから、僕の事は心配しなくていい。君が心配すべきなのはーー」


「……」


「君自身とクヨちゃんの今後の事だろう。何が起こるか分からないからこそ、な。まあ、君の事だ。余計なお世話で済めば良い話だが……」


「……ありがとう、コジュス」


「何か困る事があったら、いつでも頼ってくれ」


「……ありがとう」


 私はコジュスに礼を言うと、地下室から出る。

 コジュスはまだ地下室での研究があるようで、残るそうだ。

 地上に上がると、クヨに”仕掛け”を戻してもらい、私たちはコジュスの家から出る。


「魔女の研究者さん、少し変わってるけど、じょしゅみたいにいいひとにみえた」


「そうだな。コジュスは良いやつだよ。少し、変わってはいるがな」


「やっぱりミズミはかせと魔女の研究者さんは、凄く似ているの!だから、クヨ、好き!」


「……とにかく、ウチに帰ろうか。疲れたよ、変な世界に行ったり、変なものみたりして……」


「……ミズミはかせがみた、”め”ってやっぱり……」


「……どうだろうな」


 私達は、コジュスの家を出ると、森の中を歩んでいく。


「ドラギノバムはどんな見た目をしているんだ?」


「見た目……すごく変わってる」


 クヨの変わっているの基準が分からないな。クヨはコジュスを変わっていると評したが、私から見れば、クヨの方が見た目も中身もよっぽど変わっている。存在そのものが、異端なのだから、仕方ないが。


「具体的には?」


「うーん。会ったことも、話したこともあると思うけど、思い出せない」


「そうか……」


 ドラギノバム……彼と会う日はやって来るのだろうか?

 もしくは、すでに会っているのか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る