第33話 魔族といっしょ


 ***


 コジュスから、私は迷いの森についての話を聞いた。

 迷いの森には、どうやら大量の強力な魔力エネルギーが蔓延しているらしく、魔獣達にとっては、かなり住みやすい環境らしい。

 魔力エネルギーは、どうやら魔法などを使う為に必要な魔力の源の事らしいが、私には見えないし、そもそも魔力については専門外なので、よく分からない。

 だが、クヨの反応を見るに、迷いの森には強力な魔力エネルギーという物があるのは、間違いないだろう。

 クヨは迷いの森に入った時に、力が溢れて来たと言っていたからだ。だが、私の体調が悪くなったのは何故だ?

 単に魔力エネルギーと私の体が合わなかっただけなのだろうか?

 分からない、分からない事だらけだ。


 コジュスは話を続ける。

 そもそも何故、迷いの森に強力な魔力エネルギーが存在しているのか?

 やはり、迷いの森の歴史が関係しているらしい。

 ナグナ王国は迷いの森に関する情報をひたすら隠蔽しようとしていた。

 この私にでさえもだ。ナグナ王国の王族が、自分たちに不都合な事を隠蔽しようとするのは、よくある事なので、何かあるんだろうなとは、私は思っていた。

 ナグナ王国は現在こそ、平和で比較的安定した生活が送れる、豊かな王国ではあるが、数十年前までは、各地の王国に戦争を仕掛けるような、過激な軍事王国だった。さらに数百年前、ナグナ王国は別の名前の王国として、存在していた。その頃も今と同じく平和で安定した王国だったらしいのだが、魔王軍が台頭して以降は、魔王軍による統治を受けていた。

 コジュス曰く、侵略の際、魔王軍はナグナ王国付近にあった、迷いの森を拠点にしようと考えた。

 正確に言えば、迷いの森の奥にある大きな広場。かつては、ある村が存在したらしいが、既に廃村となっていた。

 魔王軍はこの広場に拠点を設立し、祭殿もつくった。

 魔王軍幹部、ドラギノバムは各地に自身に追従する魔獣達を送っていた。

 どうやら迷いの森にも魔獣達が何匹かは定かでは無いが、ドラギノバム配下の魔獣が送られたらしい。

 来るべき時に備えて、魔獣達は迷いの森に待機するよう命じられた。

 魔獣達は忠実にそれを守った。

 魔王軍幹部を倒し続け、勢いづいた勇者に次いで、解放軍が各地の魔王軍の拠点を襲撃。

 勇者は魔王軍の本拠地まで到達寸前と、戦局は絶頂を迎えていた。

 迷いの森の奥に拠点を構えていた魔王軍のモンスターたちも駆り出され、次々と戦場に向かって行く。

 ただ、結果として、誰一人として村に戻ってくる事は無かった。

 勇者によって、魔王が倒されたのを機に、各地の解放軍が次々と魔王軍を葬って行く。

 しかし、なぜか迷いの森で待機を命じられていた魔獣達には、何故か解放軍との戦闘派遣命令が出されなかった。

 理由は分からない。たが、魔王軍が滅び、数百年経った今でも、彼らは待機命令を遵守している可能性があるという。彼らがクヨの存在を把握した時、一体何を思ったのか……

 恐らく彼らは魔王軍が滅んだ事を認知しているのかもしれないが、真相は分からない。


 ***


「魔力エネルギー……か。中々面白いものが存在するんだな」


「魔力エネルギー?」


 クヨがきょとんと呟く。どうやら、クヨは魔力エネルギーの存在を、知らないみたいだな。

 魔族なのに。別に概念を知らなくても、魔法が使えるのだから良いのか。


「クヨちゃんはどんな風に魔法を使っているの?魔法じゃなくて、能力かな?」


「能力?”空白の世界”の事?」


「”空白の世界”?」


 そうか、コジュスはクヨの能力の事も、”空白の世界”の事も知らないのだ。クヨは私にしか、”空白の世界”を使っていないのだ。


「能力は”これやりたい!” って、強く願えば使えるよ。ブワァァァって!」


 ブワァァァって!か。


「なるほどな。願うだけで使用出来る能力。潜在的なものなのか。魔力エネルギーの存在を知らなくても、魔王軍の幹部の地位をもつ少女だ。使えて当たり前なんだろうな」


「それで、コジュス。この迷いの森に魔獣かいる理由、魔獣が私達を襲って来た理由、魔獣のクヨに対しての理由として、魔王軍の存在が関連しているのならば……その……結論から言って、何が言いたいんだ?」


「さっきも話したが、クヨちゃんの存在が魔王軍の関係者に気づかれたんだ。よくない事だと思わないか?」


「だが、魔王軍は滅んだんだ。たしかに魔王軍の残党は存在するが、今更何かをしようなんて……」


「ミズミ。君がクヨちゃんをこの世に蘇らせた事は、あくまで一幹部とはいえ、悪名高き魔王軍がこの世に復活する事と同等だと、以前にも話したな」


「ああ」


「その”責任”が君にはある。神にしてもそうだ。迷いの森へ来て、魔王軍の残党と魔王軍の幹部が接触した。クヨちゃんの意思はどうであれ、大変な事だと僕はおもうけどね」


「ふっ……あははははっ!」


「おい、ミズミ……?」


「ミズミはかせ?」


 突如笑いだす私に、コジュスもクヨも心配そうに私を見つめている。


「はははっ……まさか、コジュスに本気て心配される日が来るなんてな……」


「ミズミ!僕は、真剣に……」


「コジュス。君は私の事をよくわかっているだろ?私のこの歪んだ性格を」


「……」


「クヨを蘇らせたのも、単なる好奇心じゃ無い。世界を変えてやろうという自分の中の広大な意欲によるものだ。私は実現してみせた。ここへ来たのだって、コジュス。君に見せつけるためなんだよ。私の実力を!私は人間が嫌いだと理解していたが、人間の負の部分を掻き集めたのが、私なんだよ、コジュス」


「ミズミ……君は……」


「ミズミはかせ……大丈夫?」


「クヨ、一つ聞いていいか?」


 私からの突然の提案に、クヨは驚いているようだ。

 だが、クヨは直ぐに答える。


「私はクヨの事をもっと知りたい。クヨのいた時代の話を、クヨがこれまでした事を知りたい。だが、それには限界がある事を理解している。クヨの本意だとか、意思だとか関係なく、私はクヨを無理やり蘇らせた」


「……」


「初めに感じたのはクヨ。クヨの明らかな”敵意” だ」


「てきい……?」


「”ゆうしゃ”」


「っ!」


「クヨはこの言葉を聞いたとたん、明らかな敵意を出した。私に向けて。それがなんなのか、私には分からないよ。ただ、クヨにとって、思い出すのも苦痛な事が、過去にあった事も理解出来るんだ」


 涙を流した魔族の少女。

 幹部の死、魔王からの評価、仲間からの裏切り。


「クヨは、どうして私を慕ってくれるんだ?クヨにとって、人類は敵であるはずだ。クヨは再び生を取り戻した。今ならしたい事だって出来る。人類へ復讐する事も、魔王軍を復活させる事だって出来るんだ。なのに、どうして私のそばにいてくれる?私がクヨに向けて何を考えているのか……私は……」


「ミズミはかせ」


「うん?」


「ミズミはかせはね、他の人間とは違う。魔女の研究者さんとも全く違う。魔女の研究者さんはただの人間だけど、ミズミはかせは違うんだよ」


「私が……違う?」


 私もコジュスもクヨの話を黙って聞いている。コジュスが若干残念そうにしているのは、普通の人間だからか?


「ミズミはかせはね、クヨと”いっしょ”なの」


「”いっしょ”?」


「お互いがお互いを完全に信頼していない。ミズミはかせがクヨを利用しようとしているように、クヨもミズミはかせを利用しようとしているんだよ」


「……私を利用?」


 クヨは一体……?





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