第32話 魔族と空気


 クヨがいた場所の壁が開いており、その先は地下への階段となっていた。


「凄いな、壁の中に隠し階段があるのか」


「あれ?ミズミ。君に研究室を見せるのは、初めてだっけ?」


「ああ。地下室の存在は聞いたが、コジュスの研究に首を突っ込む訳にはいかないと思ってね。気になってはいたがな」


「君の研究には劣るが、中々良い場所だよ。ここは。静かだし、何より地下の秘密の研究所で極秘の研究をするって、なんだかワクワクするだろ!?ぐふふふふっ」


「確かにな」


 私も自分の研究所を与えられた時の喜びを思い出す。


 コジュス曰く、この家は元々かなり古い空き家だったらしい。コジュスは、知り合いに頼んで、その空き家を改装して貰い、おまけに地下研究室まで作ったらしい。すご。

 コジュスにそこまで信頼出来る友人がるいた事にも驚いた。


「失礼な!君以外にも、頼れる人間はは沢山いるよ!」


「す、すまない……ちょっと驚いただけだよ」


 結構私のハートがブレイクした気がした。だが、私にだって頼れる人間はいるさ!例えば……そう!まずは助手だ。

 助手は一番信頼出来て、頼れる。彼女は本当に優秀だ。私なんかでは、勿体ないほどにだ。

 あとは、ちょっと関係が悪くなっちゃったけど、ミグさんもだ。

 ほら、沢山いるじゃないか!


「クヨだって、頼れる優秀な魔族だよ!」


「そうそう。勿論クヨも頼れる存在だ」


「えへへっ。褒められたぁ……」


 クヨは相変わらず素直に喜んでるくれる。


「僕は君を蔑むつもりは無いんだけど……」


 コジュスは私の変なプライドに困惑しているようだ。

 そうだ、私は何を考えているんだ?

 他人の事など気に留めず、自分の欲望の為だけに、荒波に孤独に突き進むのが、私では無いか。

 どうも、私は自分自身の本質を失いかけているようだ。

 全く、これではダメだ。


 地下室への階段は暗く、コジュスが持ってきた灯りのみが、視界を照らす道標だった。

 コジュス、私、クヨの順にゆっくりと、階段を降りて行く。

 視界が悪いので、手探りで壁をつたいながら、降りるしか無い。

 “空白の世界”で白しか無い世界を私は見たが、真っ暗な世界というのも、嫌だな。


「ミズミはかせ、怖いの?」


 クヨが唐突に聞いてくる。


「いやいや!そんな事無いよ。全然平気だ、私は大丈夫だから。心配しなくても、ほら……」


「ミズミはかせ、ちょっと震えてたから……体も、心も」


「ははっ。魔王軍の魔族少女には何でもお見通し、隠せないよ」


 コジュスが小馬鹿にしてくるが、それどころでは無い。

 どうも、心が荒ぶっているようだ。落ち着かない。クヨが心配してしまう程だ。何にそんなに私は怯えている?

 焦った所で、何も変わらないのだ。むしろ、物事はどんどん悪化して行く。

 迷いの森に入って以降、体調が良くないのは分かるが、”空白の世界”やら魔獣やら、魔女やら、後あの恐ろしいい”目”もあったな。

 クヨを蘇らせて以降は、私が経験した事の無い”非現実”に翻弄されて続けている。私が今まで研究していたのは、あくまで過去の存在や出来事を現在に証明する事であって、実際の話、当時に起こった出来事については、私はおろか、人類されも経験していない未知の話が多い。だが、私はそんな”非現実”を”現実”として経験しているのだ。勿論クヨの話が全て正しいとは限らないのだが、その時代を生きた張本人が語るのだから、誰よりも信憑性は高いだろう。

 それを理由にして、言い訳にするつもりは無いが、やはり少し疲れてしまっているのかもしれない。

 たが、私は私の為に向き合うしかないのだ。クヨを蘇らせると決めた時から、決意した事なのだから。



「さて、そろそろ地下室だ」


「結構深くまで掘ってあるんだな」


「防音対策はしたつもりだが、万が一発見された時も踏まえて……かな」


  「わくわくわくわくっ!魔女の研究者さんの秘密研究所!楽しみだなぁ!」


 クヨはワクワクしている。

 無邪気な彼女を見ていると、自分ももう少し気楽に生きれたらなと思ったりする。


 階段の先には、当然ながら、研究所へ入る為の扉があった。


「この先が僕の研究所だ」



 コジュスが扉を開けて、中へと入る。

 私達もコジュスに続いた。


 ***


「うわぁ!これが、魔女の研究者さんの秘密研究所かぁ!」


「名前だけ聞けば、随分かっこいいな」


「名前だけじゃ無い。しっかり見た目もかっこいいぞ」


 第一印象から見れば、物が散乱しているだけの、汚らしい部屋に見えるが、ここに助手がいたら、「ミズミ博士の研究所もよっぽど汚らしいですよ」といわれてしまいそうだ。

 地下室は結構広い、最初のものが散らかっている部屋の奥にも、どうやら部屋があるようだ。


「さて、とりあえず……お茶でも出そうか。どこかに座っていてくれ」


 座れと言われても、椅子らしきものは無いんだが……

 クヨは物珍しそうにキョロキョロと研究所内を見渡している。


「ミズミはかせの研究所に似てる!」


「いやいや……私の研究所はここまで汚く無いだろ……」


 またもや失礼な事を言う私。


「うんん。置いてある物とか、部屋の”空気”が似てる」


「部屋の空気……?匂いとか、そういうのか?」


「うんん。その部屋で誰が何をしていたとか、何が置かれているとかで、”空気”を見るの。あっこの人間はこんな”空気”なんだなって。この村は弱い人間しかいないな、あれ?この街には強い人間がいる、ピリピリしてる!ってなるの」


「ほう、空気……雰囲気って事か。凄いな。場にいるだけで、相手の力量を推測出来るわけか。ちなみにだが、私の研究所はどんな空気だ?」


「うーんとね、ミズミはかせの匂いは好きだよ」


「いや、私の匂いじゃ無くて、私の研究所の”空気”だよ」


「うーん、ミズミはかせの研究所の”空気”は”しおしお”した空気だよ」


「え?何だって?」


「しおしおした空気!」


「ますます分からない」


 しおしお。塩?辛い?

 くたびれた空気って事か?


「なあ、クヨちゃん。僕の研究所はどうかな?」


「うーん。魔女の研究者さんの”空気”もミズミはかせと一瞬!”しおしお”した空気!」


「せ、そうか……ははっ……しおしお……ねぇ。ははっ……塩?」


 コジュスも反応に困っているようだ。

 薄めの苦笑いをしている。

 そりゃそうだ。意味がわからないのだからな。


「とにかく、お茶を持ってくるよ。ああ、イスもか、すまない少し立っていてくれ」


「あ、ああ……」


 結局立ったままかよ……とは思うものの、わざわざ地下室まで呼んだのだ。お茶飲んで談笑するぐらいなら、地上でも出来る。

 つまり……よはど、重要な話なのだろう。


 コジュスはしばらくして、戻ってくる。

 手には温かいお茶が2つ。白い湯気が黙々と出ている。熱そうだ。


「クヨちゃんは、何を飲むのかな?分からなかったからお茶でいいかな?」


「クヨ、これでいい!ありがとう、魔女の研究者さん!」


「その呼び方にも慣れた気がするよ」


 基本クヨは何でも食べる。私の暗黒料理でも、美味しいと言ってくれたからだ。


「さて、これから話をするのはだな……今後、ミズミ。君の役に立つかもしれない話だ」


 私はコジュスの話を聞く。


「迷いの森についての話だ。良く聞いてくれよ」













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